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いやんズレてる~真性マゾくんとわたし

20代のころ、「真性マゾの男性」に取材したことがある。


何の企画だったか忘れたが、会ったのは、50歳前後の、身なりのしっかりした紳士。


いつもの通り、万が一にも危険がないように、その筋の信頼できる人から紹介してもらった。


わたしは真性SでもMでもないので、危険はないと思っていたの、だが。


女王様と出会う場所とやらに、連れて行ってくれた。
え? 渋谷のよく通る道の近くの雑居ビルに、こんなところが?


そこに、ひとりの女王様がいた。初めてお会いした。バラムチとやらもある。グッズはいろいろあったように思う。



しかし、夕方だったのでほとんど人がいない。


何枚か写真を撮って、

「じゃあお話を。」


ということで、タクシーで移動することにした。


そこから、思いがけないことが起こる。

真性マゾの男性が、自分が真性マゾになった経緯から始まって、あんなことやこんなことを滔々と話し出したのである。


え? ここタクシーの中なんですけど?


「付き合っていた女性が、実は女王様で。最初は嫌だったんですよ。縛られて、聖水を飲まされても『うっ、まずい!』としか思えなくて。」



「はい、はい。」
と聞いて、ノートにメモする。運転手さんは聞き耳を立てているようだ。

「でもね、ぼく、何回目かに思ったんです。聖水を飲まされて、『あ、おいしい……』って。そこから、ぼくはマゾに目覚めたんですよ。」


うっとりする、真性マゾの男性。本当の、本物の変態だ。

繰り返すが、見た目は本当に紳士である。着ているものも、高そうだ。
しかしそこから、ここには書けないような話をなめらかに話し続ける。

聖水、黄金の意味を初めて知ったわ!

 


正直、運転手さんもいるし、恥ずかしい。
なんだこの男女は? って思われていそう。

「というわけで、あの店、今度は夜に行ってみませんか? 自分がSかMかも、わかるかもしれませんし。」


え? 落としどころはそこ? 
イヤアー! そんなの、わかんなくてけっこうですぅー!!!


これは、20代の娘に自分の性癖を語り、わたしの反応を見て喜んでいるのだな。



取材を頼んだ手前、言いにくいがこれもセクハラ。
そして、あわよくば夜にあの店に連れて行こうとしている。


そんなん、誰が行くか! 危険! 危険! もう取材じゃない!



「いやんズレてる。話が。一刻も早く逃げなくては!」
わたしは目的地に着く前に言った。

「あのー、お話十分聞けましたので、わたしこのへんで失礼します!」



と言って、タクシーを降りた。
確か、紳士はにこやかに手を振っていたと思う。


彼は「自分がやりたかったこと」をやり遂げたのだ。
つまり、若い女に自分の性癖をことこまかく語るという、ある意味セクハラを彼は存分に楽しんだ。


真性マゾの男性からすれば、そんな機会はほとんどないだろう。



当時は編集部の名刺を持っていたので、助かった。
フリーになると、自分の住所などを書いた名刺で取材しなければならない。


もし、そんな個人情報をさらしていたら……。
夜中に、部屋のチャイムがピンポンと鳴って、こんなことを言われそうだ。

「やあ! お久しぶり! で、今からあの店、行きませんか?」



ちなみに、何年かたって、SMの世界を描いた名著と言われる、「家畜人ヤプー」のマンガを読む機会があった。
――そこには、ところどころに、彼の願望が、描かれていた。



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