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明るい夜にむかついた

夜10時。
前の人の踵を眺めながら地下鉄から地上へと階段を上る。左の踵には「なんで」、右の踵には「どうして」と書いてあるのが見えた。左右の踵がリズムよく上っていくのと同時に、私の心に言葉が積もっていく。

右足。
「どうしてうまくいかないんだ。」
左足。
「なんでダメなんだろう。」
右足。
「どうしてできないんだろう。」

言葉がどんどん積もっていって重くなる。
マイナスなイメージがどんどん積み重なっていくとともに、重みで搾り出されていった感情が、形を持ってじわりじわりと滲んできてしまった。周りに変な目で見られると思うと顔を上げることができなかったし。周りの目を気にしてしまう自分を自覚してもっと惨めな気持ちになった。前の人のソールがかなりすり減ってることにもイライラした。
なんとか地上に出たことを認識することができたのは、革靴の背中がふっと消えたから。それでもQに対してQで返す、自分をBADに落とすだけの無駄な自問自答はやめられないまま横断歩道の前までたどり着いた。

周りの人が歩き出して、仕方なしに顔を上げた時に夜空が目に入った。私の想像に反して夜中とは思えないくらいに空が明るくて、反吐が出るかと思った。月も出ていなければ星なんて一つも見えないのに、どうして暗くないんだ。空が明るかろうが暗かろうが、別に何が変わるわけでもない。それでも私の想像とは違っていたことが、お前の思い通りになるか何一つならないんだと見下されている様な気がしてしまった。

夜は昔から好きだった。
私の地元や今の家のあたりでは夜になると、人も車もほとんどいない。街灯がスポットライトの様に空間を切り取っていて、ただの住宅街が劇場の様になり、たいしたことない風景がお芝居のワンシーンにのような特別感を帯びるから。自分の住んでいる世界がフィクションの様な感じがして、切り離されていく様な感覚。悩みを抱えていたり、物事に行き詰まった時はフラフラと夜の街へ繰り出していた。

明るい夜はむかつく。
自分と世の中がどうしようもなく繋がっているという事実を、淡々と照らしてくる。心の中の煤を明るみには出すけれど、払ってはくれない。
夏が終わって日が短くなれば、パキッとした突き放す様な暗い夜は帰ってくるのだろうか。
その頃には夜の明るさに顔を俯かせなくてもいいような自分でいたい。


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