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汝の隣人を愛せよ - 愛するマッチに負けた話

何度かこのnoteでも書いているが、
わたしは一年ほど前、都内の100人規模のシェアハウスに住んでいた。

そして以下は、そのシェアハウスの
シークレット・ライター』なる企画で書いた文章だ。

『シークレット・ライター』とは、A4で2枚ほどの量におさめつつテーマに沿って文章を書き、ライター名を非公開にしてシェアハウス内に展示するという素晴らしい取り組みである。

以下にその文章を残しておく。



 ある日、わたしはとある事情で3ヶ月の長期入院となり、4人部屋にぶち込まれた。その名の通り女性患者が4人入る大部屋で、多かれ少なかれ患者同士は関わることになる。患者のいびきがうるさかろうが、突然暴れ出すタイプだろうが、知ったこっちゃない。ガチャだ。ある程度看護師を通して融通が効かなくもないが、こちらに同居人を決める権利はない。

 そんなある日、わたしの隣に母とほとんど同い年の女性が転がってきた。元々別部屋だったらしいが諸事情あって、わたしの部屋に退院日までいることになったらしい。
 こんにちは。こんにちは。ホゲホゲと申します。よろしくお願いします。そうですか。お手柔らかに。

 そしてこの女性との共同生活を通し、わたしは大きく価値観を揺さぶられることになる。


 正直言って、苦手だ。
 わたしはこの人が苦手だ。初日にそう感じてしまった。

 生活音がデカい。がっちゃんがっちゃん生活する。いびきがでかい。一人になりたいときにじゃれてくる。こちらのタイミングを構わず「ホゲホゲちゃん、ちょっといい〜?」だいたいの場合iPhoneの操作とか、Temuで大量に購入してしまってどうしよう削除したいのにとか、そういうことをやらされる羽目になる。

脳が萎縮しちゃってね。だから通信販売もクレジットカードも一切使えないようにしたの

 それじゃあTemuもダメなんじゃないか。インターネットは怖い。隙を見せたら最後、一直線に右ストレートだ。とか言うわたしもクレジットカード恐怖症なので、気持ちが分からなくもないのだが。


 そんなストレスフルな共同生活を送っていたある日、彼女から一枚の便箋を渡された。手紙というにはあまりにもお粗末な、今メモりました感満載のムードだったけど、とにかくわたしは受け取った。

「ホゲホゲちゃん、6月14日に退院が決まりました。今まで本当にありがとう。ホゲホゲちゃんも元気に退院できるようになること、祈っています☆ それまで、仲良くやっていきましょうネ。」


あ、負けた。

 なんでかわからないけど、唐突にそう思った。

 ストレスフルな共同生活であることに違いはないのだが、実はわたしはうっすら彼女のことが好きになり始めている自分に気づいていた。いかにも神経質であまりにも塩対応なわたしを、彼女はいつしか気遣うようになり、わたしが快適に過ごせるように辛抱強くコミュニケーションを取ってくれた。意外と人の好き嫌いが激しくて、誰彼構わず仲良くしているかと思えばそうではなくて、豪快かと思えば繊細な人だった。わたしを一人の人として好いてくれて、心配してくれて、隣人として愛してくれた。彼女は彼女にできる最大限のことを、わたしにしてくれていたのだ。

 だから、わたしもそれに応えるべきだった。救いようもなく憎たらしいのなら悲しくも愛することはできないけれど、彼女のことを受け入れ始めていることを態度で示し始めるべきだった。それに気付く前に彼女から、手紙という分かりやすい形で「ありがとう」と言われてしまったことを、わたしは嘆いた。自分の未熟さを恥じた。だから、負けた、と思った。


汝の隣人を愛せよ

 キリスト教徒でなくても耳にしたことがある、有名なイエスの言葉である。

 「目に見える兄弟を愛さない者が、どうやって目に見えない神を愛することができるだろうか」と、新約聖書「ヨハネの第一の手紙」にも書かれています。(“人類の最大にして永遠の課題~隣人を愛する”)より

 わたしにはすぐにそんな高度な対応ができなかったけど、負けを認めてからは徐々に彼女への警戒心を解いていった。彼女の言葉を借りれば「心のカーテンを開け始めた」というやつだ。一度グラッと価値観を揺さぶられたからこそ、イエスのこの言葉の意味が少しわかった気がした。


 汝の隣人を愛せよ。
 たぶん、そうしたほうが何となく居心地が良い。
 わたしとイエスが保証する。



ライターは10名以上集まり、ライター同士も誰が何を書いたかわからないという状況の中、企画は大いに盛り上がったという。


こういうような企画を発案し、各ライターの文章を取りまとめ、企画を大成功に導いた某友人には頭が上がらない。
面白いことをやる人が世の中にはたくさんいるものだ。

そして、その企画に加われたことに感謝する。



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