【人は鏡】=【自分の価値観】と【他人の価値観】

最近、知り合った会社の人と話をしていて改めて気づいた話。それは、タイトルにもある通り 【人は鏡】とか【自分の価値観】とか【他人の価値観】の考え方について。きっかけは、その人の過去の恋愛話だった。その人は女性で、当時の彼氏に、『めちゃくちゃ疑われやすかった』そうだ。具体例としては、よく聞く様な話。彼が、ゴミ箱の中から喫茶店のコーヒー1杯分のレシートを見つけたそうだ。すると、彼に「誰と行ったんだ?」とか、「1杯分のレシートでも、別々に会計した可能性もある」などと言われた経験があるらしい。そして、この下りを彼女の娘(高校生1年生)に話した時「それさ、その彼氏が、そういうことしてたんじゃないの?本当は自分がしてることをママに隠してる癖に、わざわざママにそうやって疑うこと言ったんじゃない?」と言われたらしい。ママは娘のその一言に納得したらしい。私もめちゃくちゃ腑に落ちて納得した。更に、その彼は、束縛も厳しかったようで、自由な行動を望む彼女とは裏腹な人だったらしい。だからこそ、娘の言い分に納得してしまう要因が想像できた。この一通りの話の中で、私は、今回の投稿のしようと思った。正直言うと、他人の話だし、彼女の過去の恋愛経験。しかし、私が以前から投稿を考えていた内容にリンクする感じがした。そのため、ブログを打つ手を走らせたのである。

では、『実際に私が何を言いたいのか』ということ。それは、(娘の発言や、ママや私の想像に対して)当時の彼の様に【自分に心当たりがあることを、相手も同じだと勝手に思い込む】と言う行動に注目する。この考え方って、【自分と他人の価値観を混同している】という風に、私は思うのである。ちょっと難しいので、少し言葉の並びを変えてみよう。【自分の価値観のままの状態】で、『相手も自分と同じ価値観である』とか『相手(自分以外の他人)にとっても良い事だ!』と、【勝手に思い込む・決めつける】みたいなこと。例えば、『自分が◯◯だから、相手も◯◯だろう。』とか、『自分は△△が正しいと思うから、相手の□□は間違っている!』とか。こんな様な言葉を、無意識に他人に向けて放った経験はないだろうか?最近の私は、このような思考や発言は、【相手の価値観や思考を無視する行為】だとよく思う。あくまでも『【自分の価値観】の許容範囲内だけが、何事も成り立つ状態だ。』なんてことを思っているように感じる。逆に、そうでない【他人の価値観】に対しては、『必要以上に対抗しようとする』ので、そのためのエネルギーが必要になり『結果すぐに疲れてしまう』というのが、私の過去の経験である。

【無意識】に下記のようなことをしていないか、思ったことがないか。私は、まずはそんな『自分の心の状態に気づくため』に自己判断してみた。例えば、下記のようなこと。
【自分がしていること】→  【他人にされていると感じること】のニュアンスである。

・気を使ってる→気を使われてる
・気にしてる→気にされてる
・疑ってる→疑われてる
・陰口言ってる→陰口言われてる
・隠し事がある→隠し事されてる
・言わないけど思ってる→言われないけど思われてる
・文句言ってる→文句言われてる
・勝手に決めつけてる→決めつけられてる

などなど。更に
【自分の価値観から芽生えること】→【他人の価値観も同じだと思うことで芽生える不安】なんて経験はどうだろう。例えば、

・受け入れられない人がいる→受け入れもらえない気がする
・避ける対象人物がいる→ある特定の人に避けられている気がする
・『好き、嫌い』や『良い・悪い』の判断をする→自分も同じ様に判断されると感じて不安になる

・自分がされたら許さない→相手にされたら許せない
・自分を悪く思うことがある→同じことをした(された)ら相手を悪く思う
・自分の過去を許せない『何か』がある→相手との過去で許せない『何か』がある

上記のような思考回路は、【自分だけの価値観】を普段から意識しているが故に【他人から見た自分の価値観】も意識し過ぎている証拠である。【他人の価値観】を【自分の価値観】と同じだと認識してしまう思考回路。それが、【人は鏡】なのではないだろうか。

そんなことを考える私の思考回路について、発信しようと思ったのだが、正直まだまだまとめ切れない。出来れば、次回以降の投稿で『今回の思考回路と自分の幸せの因果関係』について、自身の経験を通して思うことを発信したいと考えている。なかなか【互いの価値観の尊重】とは難しい課題かもしれない。それを文字や言葉で表現することは、更に難しいことだと実感する。来週以降、できるだけ近いうちに、今回の続きの投稿がしたいと思う。






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