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レコードと部屋と彼5 -マッチングアプリで3週間の本気の恋をした話-

本当は、すぐ近くに支えてもらいたい人がいた。

でも、その人は相手のいる人で。出会った時から同棲している彼女さんがいることを知っていた。


私たちは音楽仲間。

彼はミュージシャンで、私はダンサー。

生業にしているわけではない。音楽に真剣に向き合ってきたけど、今はお互いアマチュアで活動をしている。


乳がんになる前、アマチュアバンドの人間関係で悩んだ時、その人に支えてもらった。

好きになってはいけないと、ずっと思ってきたのに、好きになってしまった。

それでも、私の想いは誰も幸せにしないと思って、彼への想いを断ち切ろうと決心した矢先の出来事だった。

乳がんになった時、つらくて、思わず連絡したのは、彼だった。

彼は時間を作って私と電話で話してくれ、入院中も常に励ましてくれた。退院してからも、私がつらい時には時間を作って話を聞いてくれた。

彼自身も手術をしたことのある人だったから、「大丈夫、傷は必ず治るよ」と言われると心強く、とにかく心の支えだった。



それでも。

夜は電話に出られない、とか。

休日に出かけたなんてSNSでアップしてるのを見ると。

誰と一緒にいる、ということを考えて、胸が締め付けられる。



手術の前日、彼から連絡があり、一本のYoutubeの動画が送られてきた。

ちょうどコロナ禍で、音楽のコラボレーション動画が流行った時期だった。

彼が他のミュージシャンとコラボレーションをした動画を、私の手術のタイミングに合わせてアップロードしてくれたのだった。


「闘病している友人のために

少しでも力になればと思って」

動画には、そうメッセージが添えられていた。



私の為に、そういうことをしてくれた人は、今までいなかった。

その動画を見返して、何度となく、力をもらえた。

私が元気になることを心の底から望んでいる人がいる、ということが、私に前向きな力を与えてくれた。



夜、傷の痛みでなかなか眠れない時。

卵子の凍結保存の為に産婦人科に通院して、精神的にまいっていた時。

両親に心のつらさがなかなか理解してもらえない時。


彼の動画を見たり、彼に話を聞いてもらうことで、気持ちを安定させてきた。



術後、2ヶ月が経ち。

この先の自分の生活のことを考えても、少しずつ元に戻して、前を向いていかなきゃいけない。

そういう時、このままではいけない、と思って、彼の動画を見るのを止めた。

彼は、友人としてこの先もずっと私を支えてくれる。

私が自分の気持ちをきちんと封じ込めることができたら。

どうなるか分からない、危うい関係性よりも、お互いの力を引き出し合える特別な友人としてのポジションを得ることの方が、長い目で見た時に有益だと思ったから。お互いのために。


きちんと言葉にすることはないけれど。

「音楽活動」をやる上で、お互いがなくてはならない存在だという事をここ数か月で実感してきた。

アマチュアバンドの人間関係で私が悩んだ時、彼が支えてくれたのは、単純に私のためというよりも私と一緒に音楽を続けたいから、という思いが彼にあったからだろう。

もちろん、私たちはアマチュアだし、それでプロになろうとか考えているわけではないけれど(少なくとも私は)。

生きていく上で、どんな形であれ、音楽活動が必要だと感じてる私たち。

お互いの存在が、お互いの音楽活動をより高めて、より人を惹き付けるものにするために必要不可欠であることを認識していた。



だから。

男女の関係にならない方がいいのだ。



いつ崩れて、いつ離れてしまうか分からない関係よりも。

ずっと同じ距離感を保って、そばにいられた方がいい。



仮に、彼に私のそばにいてほしいと言ったとして。

彼がそれに応えてくれるとしたら、どれだけの代償を払わなくてはならないだろう。

そして。応えてくれなかったとしたら。今と同じような関係をこの先も続けることは、可能なのだろうか。



浮気とか不倫とかの関係になることだけは、何よりも避けたかった。

家族や友人を見ていて、そういう関係は周りを不幸にするということがよく分かっていたから。



いろんな損得勘定をして、結果、彼への想いを断ち切るべきだという結論に至った。



私がマッチングアプリを始めた一番の大きな理由は、それ。

恋してはいけない人への想いを、断ち切るため。

誰か、別の人に目を向けることができれば、きっと想いを断ち切れる。


その目的を達することはできた。

その替わりに得たのは、「失恋」だったけれど。

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