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「推しの結婚」に心を拗らせる

友人の推しが結婚した。
これまで何年も推しを応援し続けてきた彼女の中で、推しは支えともいえる存在になっていた。
彼の存在があるから、仕事を頑張れる。
彼の曲を聞けるから、立ち直れる。
寂しいけれど祝福する、と話す彼女の声に、偽りはなかった。

私は、彼女がうらやましかった。
素直に「推しの結婚」を祝福できる彼女が、すごいと思った。


私も、昔からとある歌手の歌が好きだった。
彼の出る番組が好きだったし、彼が出演する歌番組もよく観た。
その彼のキャラクターも好きだった。
でも、私はそういう熱烈な「ファン」ではない、と思っていた。
コンサートに行ったこともないし、行こうと思ったこともなかった。

「彼は私の推しだ」なんて、誰にも言ったことは無かった。
「彼は私の推しだ」なんて、自分でも思っていなかったのだから。

しかし彼の結婚のニュースから事態は一変した。
彼の歌も声も番組も、見れない聞けない状態が始まった。
見るとどうしても首からお腹辺りを重たい何かで押しつぶされるような感覚に陥った。

ネットでも大きく報じられ、同じようにロスで苦しむ女性の声が多く取り上げられていた。
私や、彼の結婚で傷ついた多くの女性たちは、彼は結婚しないだろう、と勝手に思い込んでいたのだ。

私は彼の結婚によって、彼が私にとって「推し」であると気づかされ、その喪失感に悩まされた。遅いにもほどがある。
これがロスか、と心が押しつぶされたような感覚にさえ陥った。ロスと言うより、失恋に近かったと思う。既に自分は結婚していたにも関わらず。

夫に「もう彼の音楽聞けない」と零したところ、「そんなに!?」と驚いていた。疑似失恋を夫に零すあたり、まだ救いはあるのだろうか。いやどんな妻だよというツッコミが入りそうだ。

これが男女だったのなら、なんとチープな話だろう。ずっと気になっているだけと思っている相手が、突然結婚してしまった。結婚してから喪失感に苛まれ、彼が好きだったのだと気づいたとしたら。
痛すぎる黒歴史が刻まれるところだった。
本当に良かった、彼が会ったこともない芸能人で。

その歌手が結婚して、何年も経つ。
さすがにもう彼の音楽も聴けるようになった。
彼の出る番組も観られる。

けれど、まだ彼が「結婚している」という事実を思い出すと、あの心がつぶれるような痛みが、少しだけ蘇る。

推しが好きだと、ずっと宣言してしっかり応援してきた彼女と、認めるどころか気付いていなかった私の違いだろうか。

私は、未だ「推しの結婚」に拗らせたまま...。


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