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論文紹介: デジタルメディアは民主主義に影響を与えたのか―496本の論文をレビュー

World Wide Webが約30年、ソーシャルメディアが約15年の歴史を持つようになり、人々のコミュニケーション方法は大きく変わってきました。そのようなデジタルメディアが民主主義をどのように変えたのかは、近年大きな研究テーマとなっております。このレビュー論文では、関連の研究を496本選定し、デジタルメディアは民主主義の関係性(相関関係と因果関係)について調査しました。

Lorenz-Spreen, Philipp, et al. "A systematic review of worldwide causal and correlational evidence on digital media and democracy." Nature human behaviour 7.1 (2023): 74-101.

通信技術のDual-use dilemma(二重用途のジレンマ)

デジタルメディアを含む通信技術は高貴な目的にも悪意ある目的にも使用されます。戦時には正確な情報共有にもプロパガンダにも使用され、民族紛争では偏見の低下にも人々の扇動にも使用されてきました。デジタルメディアが市民に力を与えてきた例は多くあります(「アラブの春」、「未来のための金曜日」、「#MeToo」)が、一方でその力が致命的/破壊的な出来事にも発展することもあります(分極化やポピュリズム、2021年1月の米国議会議事堂への襲撃など)。また、政治的リーダーもデジタルメディアをどんどん活用しています。ウクライナのゼレンスキー大統領はソーシャルメディアを巧みに利用して、ウクライナの士気を高め、ロシアとの情報戦に臨んでいます。一方で、トランプ前大統領の様々な虚偽の主張を行い、ロシアのプーチン大統領は自陣営に邪魔なソーシャルメディアを情報統制によって排除しています。

デジタルメディアは、どのような文脈で、どの程度、民主主義に(悪)影響を及ぼすのか

デジタルメディアの両極端の効果は様々な場面で証明されてきました。デジタルメディアは解放、民主化、参加を促進することもできますが、民主主義を侵食しうる存在でもあります。本研究では、そのようなデジタルメディアと民主主義の関係について、より科学的かつ一般的な議論目指し、これまでの研究による証拠をレビューすることにしました。論文の多くは相関関係を示す研究ですが、少数ながらも因果関係の研究にも着目しています。文献は世界中の事例をカバーしており、様々なデジタルメディアとその効果(分極化や民主主義への信頼)に関するものとなっております(下図)

相関分析: デジタルメディアは市民の政治参加、知識の向上には有益、しかし多くの問題との相関も高い

今回レビューされた論文の多くは相関性を調べたものでした。それらの結果をまとめたものが下図となっています。これを見ると、デジタルメディアは市民の政治参加、知識の向上には有益な結果を示す明らかに論文が多くなっています。他にも多様な視点への接触や政治的な表現にも有益な傾向があるようです。一方で、今回検証された指標のうち他6つ、信頼性、憎悪、分極化、ポピュリズム、ホモフィリー、誤情報はに関しては、悪化方向へ相関があるという結果が多かったようです。

因果分析: 概ね相関分析と同じ結果

因果分析は相関分析よりもよりロバストに「影響」の関係を教えてくれます。数は少ないですが(22件の論文)、著者らは下図のように文献を分類し、示唆をまとめました。一部、政治システムが異なるために示唆が解釈不可能な論文もあったようです(中国など)。結果は、相関分析と概ね一致していたようでした。政治への参加、政治的知識の向上という観点では、デジタルメディアは有意義な効果があると概ね結論付けられています。一方で、デジタルメディアは既存政権や主流メディアへの不信を増幅させます。他にも、多くの文献でデジタルメディアは分極化やポピュリズムを加速させているという結論になっています。

異質性: 南米、アフリカ、南アジアの新興民主主義国家において、民主主義に対する有益な効果

今回のレビューの特徴の一つは、世界中の検証結果をまとめたという点です。そこで地域別の結果に着目すると、南米、アフリカ、南アジアの新興民主主義国家において、民主主義に対する有益な効果が最も多く見られたことがわかりました。一方で、ヨーロッパ、米国、ロシア、中国では有益にも有害にもなりうる証拠が混在していました。同様に、有害な結果は主にヨーロッパ、アメリカ、そして一部ロシアで見られたが、これは権威主義的な状況下で行われた研究の不足を反映しているのかもしれません。

今後も多くの証拠は必要―特に因果分析の研究は求められている

このようなレビューから著者は様々な考察を述べています。まず、計算社会科学はまだ初期段階にあり、因果関係のある結論を支持し正当化する証拠の量はまだ限られています。因果分析は困難でコストもかかりますが、政治現象のような実験室でシミュレーションが困難な分野では、現実にある既存のデータから因果関係を推論することの価値は大きいです。しかし、より多くの研究とより良い研究デザインは、プラットフォームによって収集されたデータへのアクセスにも依存します。このアクセスは、プラットフォームによって制限されるか、封鎖されているのが現状ですが、これらのデータにアクセスできる独立した研究なしには、デジタル・メディアの効果を時間的に理解することはほとんど不可能です。しかし、重要なこととして、今回の研究で紹介された経験的知見の大部分が、大規模な商業プラットフォームによって生産・管理される情報エコシステムの現状に起因しているということです。デジタルメディアでは誰もが自発的にコンテンツを生み出す潜在的な作家となりうる一方、現在のプラットフォームは、市民ができるだけ合理的な動機で政治的選択を行えるような情報エコシステムをまだ作り出せてはいません。今回の結果のように、デジタルメディアのどの側面が民主主義にとって有害なのか、そして、デジタルメディアの解放的な潜在力を積極的に維持・育成しながら、どのようにそれを抑制できるのかを見出すことは、おそらく現在の最も重要な世界的課題の一つと強調しています。

まとめてみた所感

このように「デジタルメディアは民主主義に有益か有害か」という重要だがハイレベルなコンセプトの関係性について、定量的な証拠を集めようという試み非常に面白かったですし、ソーシャルメディアを研究するものとしても、これはとても重要なレビュー論文なのではないかと思いました。ここに載せきれなかった情報に関しても勉強になることが多かったです。度々読み返したいと思いました。