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論文紹介: OSINT最先端「Bellingcat」のコミュニケーション戦略を分析

OSINT(open-source intelligence)とBellingcat、この2つの言葉を最近聞く人も多いのではないでしょうか。OSINTは、(SNSを始めとした)オープンに公開されているデータを使用するインテリジェンス(国家防衛における意思決定材料情報の収集など)であり、Bellingcatは今そのOSINTに関して最も注目されている組織です。日本でこの2つの単語は2022年から始まったウクライナ戦争で特に注目を集め、書籍化や、NHKの特集なども組まれています。

この論文ではBellingcatがTwitterに投稿した全ツイート𝑁=24,682件を収集し、彼らがどのようなコミュニケーション戦略を取っているかを分析しました。論文は、WebSci23にアクセプトされ、5月上旬に発表予定です。

Bär, D., Calderon, F., Lawlor, M., Licklederer, S., Totzauer, M., & Feuerriegel, S. (2022). Analyzing Social Media Activities at Bellingcat. ACM WebSci 2023 (accepted and to appear).
https://arxiv.org/abs/2209.10271

分析のポイントは3つです。
1. BellingcatがTwitterでどのように情報を発信、情報を収集しているか
2. ユーザーのエンゲージメントの獲得に成功している投稿の特徴は何か
3. ロシアのウクライナ侵攻に対して、フォロワーがどのように反応したか

1. どのような投稿をしているのか

Bellingcatの投稿目的を6種類に分類

著者らはマニュアルコーディングにより、以下のようにBellingcatの投稿目的を分類しました

  • Research Publication

  • Crowdsourcing

  • Bellingcat Ops

  • Self-Promotion

  • Other-Promotion

  • Tools and Training

事務的な報告(Bellingcat Ops)以外ですと、自分たちの調査結果の発表(Research Publication)、調査協力のお願い(Crowdsourcing)、宣伝系(Self-Promotion、Other-Promotion)、そしてツールやトレーニングの紹介(Tools and Training)となっていることがわかります。(Bellingcatは一般向けにOSINTのトレーニングを提供しています。)

2018年のシリア戦争における化学兵器の違法使用の告発からフォロワー数は増加傾向

2018以降も、2020年のAlexei Navalny襲撃事件、Capital Riot、そして2022年のロシアによる侵攻でさらにフォロワー数が伸びたことがわかります。

感情的にニュートラルな投稿が年々減少している

彼らの投稿を感情抽出手法VADERを使い、時系列で分析すると、ニュートラルな投稿が減少し、感情的な(ネガティブ/ポジティブ)投稿が増えていることがわかります。

投稿内容を10種類に分類 ― 主に告発内容への言及が多い

彼らの投稿をトピックモデル(LDA)で10種類に分類しています。その結果、7つのトピックがBellingcatによる有名な調査に関連していました。それは、「シリア戦争中の化学攻撃」、「マレーシア航空MH17の撃墜」、「ロシアのウクライナ侵攻」などです。また、残りの3つは調査手順について議論でした。

どのような投稿がエンゲージメントを集めるのか

ネガティブな投稿の方がエンゲージメントが大きい

どのような投稿が周囲のユーザからエンゲージメント(いいね)などを貰えるかを検証しました。その結果、ネガティブな投稿が多いほど、いいねを貰える確率が高いことがわかりました。これは線形回帰で他の要素を調整しても同様の結果だったとのことです。ちなみにURLが貼られている投稿はエンゲージメントが低くなってしまったとのことです。

ネガティブ度合いが高いといいねをもらいやすいというのは最近公開されたNature Human Behaviorの論文とも関連がありそうです。

ロシアの侵攻はBellingcatの発信方針を変えたか

投稿量は全体的に上昇、特に宣伝と調査協力に関する投稿は大幅に増加

ここではロシア侵攻の前後100日ずつを比べ、投稿の目的別に頻度の比較をしています。下図を見ると、一番目立つのはResearch PublicationとSelf-Promotionです。これらは侵攻前後を問わず量が多く、彼らが自分たちの調査結果や、宣伝に力を入れていることがわかります。ロシア侵攻前後の比較に着目すると、全ての目的で投稿数は伸びています。特に伸び率が高かったのがOther-Promotion、Self-Promotion、Crowdsourcingで、Bellingcatが組織の宣伝に力を入れる一方で、他のコンテンツを共有してコミュニティと交流し、周囲への調査願い(Crowdsourcing)を多く行っていることがわかります。

Bellingcatの投稿へのエンゲージメントが大幅に増加

周囲のエンゲージメントも増えており、返信の数、返信で共有されたURL、ビジュアルメディア(画像や動画)、ハッシュタグを比較したところ、それら全てが大幅に増加したとのことです。

ロシア侵攻後はロシア侵攻のトピックが話題の多くを占める、ネガティブな返信も増加

ロシアのウクライナ侵攻後のBellingcatの投稿への返信を分析したところ、ハッシュタグは進行前に様々なものが使用されていたものが(#visituganda、#swissarmsなど)、侵攻後の上位20ハッシュタグはロシアのウクライナ侵攻に限定されていることがわかりました(#Ukraine、#StandWithUkraineなど)。
また、Bellingcatのスレッドに対する返信のセンチメントは、侵攻前と比較して侵攻後の方が否定的な返信の割合が多いことがわかりました。

Bellingcatに返信するがBotも大幅に増加

最後に、Botometerを使用して、Bellingcatのスレッドに返信するボットを特定しました。その結果、ボットの数が侵入後に大幅に増加したことがわかりました。侵入前は93のボットしか見つからなかったが、侵入後はBellingcatに返信するボットが1,279個見つかり、約13倍に増加したとのことです。全体として、これらのボットは侵略前に421件の返信を投稿したのに対し、侵略後は2,655件の返信を投稿しています。

まとめ: 今後のOSINTとソーシャルメディア分析の方向性

分析の全体を通して、Bellingcatはフォロワーとの交流に重きを置いていることがわかったそうです。これは、従来のメディアのような一方的な情報発信だけではなく、周囲との協力によるクラウドソーシングを用いた情報収集が今後のメディアにとって重要であることを示唆しています。
また、今までソーシャルメディアの活用法として自然災害の救援、予測市場、資金調達など、様々な場面で研究されてきたが、今後はインテリジェンスのためのクラウドソーシングの活用法にも注目が集まります。その中で、どのようにフォロワー基盤を活用できるかなどの研究は、今後も重要性を増していくかもしれません。

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