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四月馬鹿の切望【短編小説】

四月一日はエイプリルフール。嘘を吐いても良い日とされる習慣で、日本語の直訳は“四月馬鹿”であり、そのままの言葉で、ちょっと愛されるほどになった。

今日はどんな嘘を吐こうかと、あからさまに目を細め、固く結ぼうとする口許は情けなくも耐えきれずに緩んでいる。そんな阿呆面たちをきっと四月馬鹿と呼ぶのだろう。

「阿呆らしい。しょうもないにもほどがある」

昼休みまでに六人には、分かりきった嘘とともに「エイプリルフール!」と言われ、ついでに「もっと付き合えよ」と不服そうに文句を添えられた。こちらが文句を言いたい。

「いいじゃない、楽しんだって。悪いことじゃないと思うよ」

仏頂面になる僕とは裏腹に、晴野はクスクスとその様を楽しむように少し歯を見せている。

「こんなのを楽しんでも、得なんてない」
「損もないよ?」
「……そういう問題じゃない。というか、エイプリルフールの起源はどれも不確かで仮説の域に過ぎない。たいそうなものでもないのに、こんなに広がったわけが分からない」
「随分詳しいのね」
「しょうもなさ過ぎて、意味はないか藁にもすがる思いで探したんだよ」
「もういっそのこと、楽しんでるんじゃない?」
「そんなわけあるか」

相変わらず、僕は仏頂面で、彼女はクスクス笑っている。

「まあ、雨宮君は嘘が上手いものね」

晴野が言わんとしていることはすぐに分かって、俺は肯定も否定もせず、キッチンカーで買ったガパオライスを頬張った。

「貴方が上手くやり過ぎるから、私、みんなから応援されちゃうのよ。他の人まで紹介されたり」
「余計なことをする奴もいるもんだ」

小さな口の割に、しっかりと掬ったスプーンの上で黄身がとろりと溶ける。晴野は恥じらう素振りもなく、大口を開けてとろりと黄身を纏う一口を頬張った。

多く含みすぎたパクチーの香りに少し咽せそうになるのを、烏龍茶で流し込む。

「言っちゃおうかな。実は雨宮君と付き合ってますって」
「馬鹿」
「嘘でーす! って言うよ、ちゃんと。エイプリルフール! ってさ」
「……嘘じゃないのにか?」
「みんなには隠し通すって決めたじゃない」

晴野は笑う。歯を見せず、嘘笑いをする。

「本当の嘘ってエイプリルフールみたいに笑えないよね」

エイプリルフールのように嘘を嘘だと告白することなんて、ない。
嘘吐きは嘘を真実にするべく、吐いた相手を夢から醒さないように嘘を見せ続けながら、嘘である事実を墓場まで持っていく。
この嘘が真実であったなら。切に想うのはいつだって嘘を吐かれた側ではなく嘘吐きだ。
誰にも言えない。孤独にそれと向き合い続ける。
嗚呼、いっそのこと言えたならと、自らの小さくも重い過ちを呪いながら。

「きっと、最初に四月一日は嘘を吐いても良い日と言った人は、自分の嘘を抱えきれなくなったのよ」

嘘を嘘にして、本当のことを嘘にして、うやむやに、されど告白して。
抱えきれない嘘と本当を、誤魔化す日、エイプリルフール。

「本当に馬鹿だな」

少し開けた窓から暖かいのか冷たいのか分からない風が頰を撫でた。

From some of their never-ending stories.

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