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エッセイ『3人を生きる』

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一卵性三つ子として生まれた著者が、三つ子として生まれる腹の中から20歳までの、三つ子の一人の視点から書かれた記録です。特殊な環境、「私」として存在することへの葛藤・焦り、三つ子と… もっと読む
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2018年10月の記事一覧

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.8 羨望と劣等感

 高校は、勉強への執着の剥がれか、推薦入試を選んだ。  勉強をしない代わりに、作文や面接を担当教員に協力してもらいながら、力を入れた。  私は普通科に入学し、2人は、美術科に入学した。  この高校の生徒なのだと実感が湧き始めたとき、入学前の志望校選択のときのことを思い出しては、2人の強さを強烈に感じていたのを今でも覚えている。  2人が美術科を志望しているのを知った両親は、あまりいい顔をしなかった。職があるのか、2人の道が狭まりはしないか。何より、両親にとって、美術の道は未

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.9 努力ともがき

 小学校の自分と高校の自分を比べると、2人と自分自身の捉え方が随分と変わったように思える。  小学校の頃なら、私が一番、という優越感。一番優秀なのだという心の余裕と子供ながらの自信。  しかし、高校の私にあるのは、私が一番の落ちこぼれ、という劣等感。何も光を持たぬ凡人という虚無感。  こうやって、文字にしてみると、ほぼ真反対じゃないかと笑いさえこぼれてくる。  しかし、実際にそうだったのだ。私は自分を好きになろうとする私よりも何も持っていない自分と思い嫌う自分の方が大いに顔を

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.10 三つ子からの解放

 高校3年間、私は取り憑かれたように、ひたすらノートやPCのWordに、自分の脳内を書き起こしていた。  その間、2人は美術に取り憑かれていた。油絵、デザイン画、写真、木工、陶芸、イラスト。作風は2人で全く違ったが、どれも胸が締め付けられるほど素敵だと思っていた。  別々のものに没頭し、それぞれが他者の評価を受けていた。  相変わらず、私は評価に飢えていて、未だに、私というものは、評価が全てな愚かな考えを拭えずにいた。  そんな愚かな私は2人が羨ましかった。  周りに作品を見

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.11 三つ子と「私」

 ――2人と手を離してみたらどうだ。  私は笑顔を顔に貼りつけたまま、首を傾げた。 「これは、2人にも話したことがあるんだけどね。今まで3人は仲良く手を繋いでいたんだよ。だから、他の2人がしていることとか考えていることは、しっかり見えるし、いろいろと影響を受ける」  確かに、2人がしてきていることは、うんざりするほど見てきた。見てきていろいろ考えた。 「でもさ、それって、その3人の中にないものには手を出しにくいんだよね」  言葉の意味がよく分からない。 「手を繋いでいるから

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.12 三つ子の「私」と「私」

 私の本格的な受験対策が始まったのは、2人がAO試験に合格し、進路を決めてからだった。  春頃からずっと芸術系の大学しか考えてなかったが、視界が開けた私が、第一志望校を決めるのは案外早かった。  担任に紹介された国立四年制大学。心理学もしたいが、地域創生も学びたい、それから、推薦試験を受けられる大学はないかと言った私に、担任が提示したのは、四国にある私には所縁のない地の大学だった。  元々県外に出ることに躊躇いはなかった。私は、その大学に合格することだけを考え、推薦入試の対策

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.13 1つというもの

 面接練習を快く受け入れてくれた先生は、まず、私がこれまで書いてきた試験対策を把握するのに、大学ノートの中に目を通した。  真剣に目を通しながらも、「なるほどね」「へえ」と時々リアクションを私に向けながら、どんどんページを捲っていく。  最後まで、読み終えた先生は、顔を上げてこう言った。 「三つ子のことは、何も言わないんだね」  心臓を直で撫でられているような感覚がして、一瞬だけ眉間に皺が寄った。 「だって、せっかく三つ子だったら活用すべきじゃないかな。小中高一緒で、ほとんど

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.14 「私」を認める

 試験終了後も、2人に対する冷たい態度は変わらなかった。だんだん、これはいけないだろうと思う気持ちが強くなっていったが、態度を変えることができなかった。  せっかく、手を離すことができたのに。せっかく、自分のやりたいことに手を伸ばせたはずなのに。  どうして、まだ、こんなにも、三つ子というものから目が離せないでいるんだ。  推薦試験が終わって、またいつものように学校に行き、センター試験の対策をする日常が始まってから、2人が私の教室に来ることが少しだけ増えた。  嬉しいはず

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.15 称賛と納得

 部屋にこもっては、アクセサリーを作ったり、父が使っていた古いノートPCで小説を執筆したりした。  誰かに褒めてもらうことよりも、自分が気に入るものを作っていった。  人に褒められることばかりを意識して自分の気に入らないものを作るより、自分の気に入ったものを作って、誰かが「いいね」と言ってくれたらそれでいい。別に何も言われなくたって、自分が気に入っているのだからそれだけで満足なのだ。  そう思って作り始めると、気が楽で、作るのが楽しくて、夢中になっていた。  誰の目も気にせず