note用エッセイ画像

3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.13 1つというもの

 面接練習を快く受け入れてくれた先生は、まず、私がこれまで書いてきた試験対策を把握するのに、大学ノートの中に目を通した。
 真剣に目を通しながらも、「なるほどね」「へえ」と時々リアクションを私に向けながら、どんどんページを捲っていく。
 最後まで、読み終えた先生は、顔を上げてこう言った。
「三つ子のことは、何も言わないんだね」
 心臓を直で撫でられているような感覚がして、一瞬だけ眉間に皺が寄った。
「だって、せっかく三つ子だったら活用すべきじゃないかな。小中高一緒で、ほとんど同じ環境の中で生きてきたのに、どうして3人共性格が違うのかとか、好き嫌いが違うのかとか。そういうのって、心理学的には面白いと思うんだけど」
「確かに、そうですね」
 声色は明るかった。口の両端も吊り上がっていた。だが、目だけは笑えなかった。なるほど、と目を輝かすはずなのに、うるりと鈍く眼球が光った。

 そのときは、なんで笑えなかったのか。素直に取り入れようと思わなかったのか。胸がじんと痛くなったのか。何も分からなかった。
 だが、今は分かる。
 私は、わざと、三つ子を出さなかったのだ。三つ子という特別感を封印して、自分だけを見てほしかった。三つ子という存在に頼らず、「私」の力で戦いたかった。
 だから、先生の言葉が気に食わなかった――。

 先生は、三つ子を取り入れた回答文を書いてみたらいいと面接練習の終わりに言った。先生の言葉はありがたかったが、試験前日の最後の日まで、その回答文が上手く書けることはなかった。

 三つ子なんて初めて見た。
 三つ子だなんて凄いね。
 三つ子だから、特別にサービスしてあげる。
 三つ子だと演劇で使ったら面白いだろうね。
 声も顔もそっくりだね。
 さっき、他の2人にもそのこと聞いたよ。
 テレパシーでも使えるの。
 あ、三つ子の1人だ。
 おーい、三つ子。

 ――三つ子じゃない。

 ――「私」を見て。

 同じクラスの男子の言葉を思い出した。
「三つ子ってやっぱいい?」
「いいけど、嫌なときもある」
「なんで?」
「三つ子の1人じゃなくて、私っていう1人を見てもらいにくいから」
 その男子は同じ体験をしたこともないのに、「分かる分かる」と頷いた。
「3人で一つじゃないもんね。1人でもちゃんと一つだもんね」

 そうだよ。一つなんだよ。
 だから、私は。私は。

 その日から、意識していたわけじゃないが、2人に冷たく接するようになった。


最後まで読んでいただき、ありがとうございました! 自分の記録やこんなことがあったかもしれない物語をこれからもどんどん紡いでいきます。 サポートも嬉しいですが、アナタの「スキ」が励みになります:)