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3人を生きる-アナタの知らない三つ子の話- vol.10 三つ子からの解放

 高校3年間、私は取り憑かれたように、ひたすらノートやPCのWordに、自分の脳内を書き起こしていた。
 その間、2人は美術に取り憑かれていた。油絵、デザイン画、写真、木工、陶芸、イラスト。作風は2人で全く違ったが、どれも胸が締め付けられるほど素敵だと思っていた。
 別々のものに没頭し、それぞれが他者の評価を受けていた。
 相変わらず、私は評価に飢えていて、未だに、私というものは、評価が全てな愚かな考えを拭えずにいた。
 そんな愚かな私は2人が羨ましかった。
 周りに作品を見てもらっては、「素敵ね」と言ってもらえる。2人とは畠が違う。同じという考えはできないし、それがお前の実力だと言われればそこまでだが、それでも羨ましかったし、悔しかった。
 多くの人に見てもらって、褒めてもらえる2人と違って、手に取って読まなければならない私の作品は、褒められるどころか手に取って読んでくれるなんてところからが稀であった。
 仕方がないのに、「狡い」なんて思ってしまう、幼い私が顔を出していた。

 受験期というのがチラついてきた頃、大学に行きたかった私は、大学で何をメインに学びたいか考え始めた。
 執筆は続けたいから、文学だろうか。しかし、心理学も捨てがたい。アクセサリーを作るのも好きだし、金属工芸もいいな。
 結局、3年の夏に選んだのは、金属工芸の道だった。その頃にはもう、2人は進路を決め、AO試験を受けていた。次女は木工芸の道へ。三女は昔から好きだった服飾美術の道へ。
 今まで、美術に授業以外触れてきていない私にとって、その道は厳しかった。学力とデッサン力の両立。デッサンを見てくれたのは、2人の担任だった。
 デッサンを見てくれながら、進路についても相談に乗ってくれていた。そのときの、私の頭の中にはものづくりの道の一本だけであった。

 夏の終わり。先生が私の目を見て言った。
「2人と手を離してみたらどうだ」

 何を言われたのか直ぐには分からなかった。
 しかし、その先生の言葉は、中身が空っぽな分厚い私の殻を砕いたのだった。

 囚われていたものから、解放される。
 そんな感覚が、意味は分からないなりに、私の中で生まれた。

#エッセイ #記録 #日記 #三つ子 #3人を生きる

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