小説「観月 KANGETSU」#25 麻生幾
第25話
参考人聴取(3)
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「さあ、それはどうでしょう」
七海は首を傾げた。
「2日前、熊坂さんの奥さん、久美さんがお亡くなりになった時、母に同じことを聞いたんですが、よく覚えちょらん様子でしたから――」
「では、熊坂さんと、どげな家族ぐるみんお付き合いなされちょったか――」
「ちょっとよろしいですか?」
七海は、正木の言葉を遮った。
「この参考人聴取って、私が襲われそうになった件についてなんですよね? なのに、さっきから、なし熊坂さんのことばかりお聞きになるんです?」
「聞かれち都合の悪いことでもあるんか?」
正木が平然とした表情で言った。
「はっ?」
七海は怪訝な表情で正木を見つめた。
「島津さん、あんたは、10月4日の午前5時から6時までん間、どこで何されちょったか?」
正木が訊いた。
「警部補、ちょ、ちょっと待ってください」
慌てたのは涼だった。
だが正木はそれを無視した。
「どうや? あんたは、わしん質問に答えち頂けりゃいい」
正木が語気強く言った。
七海は大きく溜息をついてから言った。
「あなた、それが人にもん尋ぬる態度ですか?」
七海のその言葉に、正木は眉間に皺(しわ)を寄せた。
涼といえば、正木の後ろでオロオロするだけだった。
七海は目の前に置いた名刺を一瞥してから正木を睨み付けた。
「正木警部補さん。あなたこそ、ちゃんと説明してください。これ、何が目的ん聴取ですか? 私を容疑者と?」
七海は正木に顔を近づけた。
「それとも熊坂さんが何か事件と関わっていると? きちんと仰っち頂かな、私は失礼します。夕食もまだやし、それに自宅に戻っち仕事があるんです」
腕時計へちらっと視線を送ってから腰を浮かせた七海を、涼は拝み込むような仕草をして押し留めた。
苦笑した正木は、涼を振り返った。
「お前、結婚したら尻にひかるるぞ」
「いや、結婚って、まだ、そげな……」
一瞬、涼は髪の毛をかきむしり、照れ笑いを浮かべた。
「島津さん、実は――」
正木がそう言った時、ドアをノックする音がして、部下らしき一人の男が顔を出し、正木に向かって大きく頷いた。
「ちょいと待っちょっちくり」
七海にそう言って立ち上がった正木はドアに近づいた。
その部下らしき男の囁きに、驚いた表情を浮かべた正木がすぐに戻ってきた。
「島津さん、ちいと急ぎん用件が入りましい。すぐに戻っち来るけん、どうかしばらく待っちょってください」
急に柔らかな物腰となった正木は、そそくさと部屋を出て行った。
ドアが閉まるや否や、七海が涼に突っかかった。
「これ何なん?」
「すまん、オレもこげな流れになるたあ思うてんみなかった・・・」
涼は必死に宥めた。
大きく息を吐き出した七海が言った。
「今度、あんオヤジが、さっきみたいな失礼なこと言うたら、帰らせてもらうけんね」
しばらく黙り込んだ涼が表情を変えて七海を見つめた。
「確かに、正木さんな、言いようが悪かった。でもな、オレたちゃ、殺人事件ん捜査しちょんのや」
険しい表情となった涼が言い切った。
「じゃあなに? 私が悪いっちこと?」
七海が言い返した。
「なんかなし(とにかく)、協力しちくれ」
「やけん協力しちょんのやねえ。それに知っちょんやろ? プレゼンテーション資料、急ぎ作らないけんのにこうやって──」
「今から夫婦ゲンカか?」
戻ってきた正木が言った。
「正木さん、私は、10月4日の午前5時半から、朝のジョギングをやっていまして、途中で、知り合いん杵築市観光協会の女性にお会いしました。そん方んお名前は――」
一気に捲し立てる七海を、
「わかりました」
と苦笑しながら正木が口を挟んだ。
(続く)
★第26話を読む。
■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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