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大学院修了とキャリアについての考察

2024年3月19日(火)、北海道とは言え3月中旬としては珍しく雪かきが必要なほどの積雪に見舞われたこの日、藤女子大学人間生活学研究科を修了し、修士(人間生活学)の学位を授与されました。
3年にわたる大学院での学び、そしてその経験がキャリアに与えた影響について振り返ってみたいと思います。

大学院進学に迷っている方、社会人の学びに興味のある方にとって少しでも参考になればと思います。

大学院進学時と修了時の間にある変化

私が大学院への進学を考えた経緯については、当時の記事に書かれています。改めて読んでみると、課題解決のための「基礎力を身に付けたい」という思いが強かったことがわかります。そしてそれは、少しでも自分に自信を付けたいという気持ちの表れでもありました。

その思いは、大学院での3年間の学びによってどのように変化したのか、自己分析してみます。

課題へのアプローチ方法の変化

まずそもそも研究課題をどのようなアプローチで解決することを目指すのかという点で、当時と現在とでは変化がありました。
入試の際に提出していた研究計画書には、以下のように研究の計画を記載していました。

これからの時代を生きる子どもたちを、社会課題の本質をとらえ、周囲と適切に協力しながら、柔軟に解決していける人間に育てていくために、情報活用能力の育成に資する効果的な教員研修プログラムを研究・開発したいと思います。そのために、3年間で自身の実践経験を中心に省察・評価したいと思います。

藤女子大学大学院 調査書・研究計画書(朝倉, 2020)より抜粋

この時点で課題解決のアプローチとして考えていたのは「教員研修プログラムの研究・開発」です。情報活用能力の育成を行うことは、子どもたちにとって必要不可欠であるという前提のもと、民間企業などの支援を受けながら学校の授業にそれを組み込んでいくためにはまず教師がその重要性や教授法を理解するため、質の高い教員研修が必要であると考えたのです。
また、自分自身が幼稚園教諭経験に基づく教育観を持っているため、小学校以上の校種で行われる教科教育の在り方、特に一斉指導への偏りに疑問を持っていました。教員研修が座学中心の一斉指導であれば、教師自身がそれ以外の学び方を経験するチャンスがありません。そうした状況を変えていくために、教員研修プログラムの研究・開発をしようと考えていました。

しかし、自身のそれまでの実践において教師の多忙感や「働き方改革」がハードルとなり、無償であったとしても研修の提供という支援が簡単に受け入れてもらえるものではないという経験知がありました。大学院入学時は「質の高い研修を開発すればその課題を乗り越えられるのではないか」と考えたのですが、折しもコロナ禍ということもあり、それまで教員研修の依頼をいただいていた自治体も集合研修を中止するなど、フィールドワークが困難な状況も生まれました。質の高い教員研修を開発したとしても、学校にそれを受け入れる体制がなければ課題の解決にはならないという現実を、入学してすぐに思い知らされたのです。

研究の過程では、学習指導要領の理念として掲げられた「社会に開かれた教育課程」とは何かということを深く考える機会がありました。そもそも社会に開かれたとはどのようなことを指すのか、社会に開かれた結果学校はどうなっていくべきなのか、学校と社会と子ども、そして学びとの関係はどうあるべきなのかということがかなりぼんやりしていることに気が付きました。
ぼんやりしているから、社会に開かれた教育課程という言葉に期待することが立場によって異なったり、教育が学校教育に依存しすぎたり、様々な二項対立が生まれたりしているという考えに至りました。

先生や教育委員会から見えている社会?
朝倉(2018)「正解はどれ?『プログラミング教育』を取り巻くステークホルダーと議論」

教員研修のプログラム開発という研究課題を思い描いていた時、イメージしていたのは教育工学や教育方法論などの研究手法による事例創出やそこから発展した教育モデル開発を中心とした研究でした。しかし、臨床教育学の研究者である担当教官との対話を深めていくうちに、社会に開かれた教育課程というぼんやりとした理念を自分なりに消化しなければその先には進めないと考えるようになりました。

リサーチクエスチョンに対するスコープ、アプローチ方法、主に関係する研究領域の整理

この図に整理した通り、一口に「教育の研究」といってもスコープや対象、そして研究領域によってもアプローチ方法は変わっていきます。入学してからいろいろな講義を受けて少しずつこのような視点が獲得できるにつれ、本当に自分が研究したかったことは何か、そしてそれによって周りにどんな影響を与えたいのかを改めて考えるようになりました。
所属した大学院の専攻が教育学専攻ではなく「人間生活学専攻」であったことも大きく影響しました。単位取得のために選んだ授業には、社会福祉や住居学など教育学とは異なる分野の授業が含まれました。その結果、教育学を他の学問の視点から俯瞰して見るということができ、それは課題へのアプローチ方法の変化に大きな影響を与えたと考えています。

自分のキャリアや特性に対する捉え方の変化から研究への熱量の変化へ

私が大学院を志した理由のひとつに「自分に自信を付けたい」がある通り、大学院入学時、私は自分に自信が持てずにいました。大学院を選ぶ際も、様々な選択肢から自分のキャリア形成を考えて選んだとわけではなく「入れていただける所ならどこでも…」に近い心境でした。そのぐらい短大卒であるということやその後の幼稚園教諭というキャリアを自分で卑下し、自分の持っている可能性を過小評価していたと思います。解決したい社会課題は大きいもので、到底自分の手に追えるものではないと認識していながら、それでも少しでもそこに近付きたい、でも自分の能力でできるわけがない…という矛盾した気持ちがあったと思います。

大学院に入学してから変わったのは、自分の「元幼稚園教諭」というキャリアが自分の強みになる、ここはこだわってもいいところだと考えられるようになったということです。それまでも、教員研修の場などで「元幼稚園教諭です」と敢えて自己紹介をしていたのですが、それはIT企業に勤めるエンジニア経験のある講師という鎧を身に付けているように見せないため、研修参加者である先生方が「元幼稚園教諭にできるなら自分にもできる」と自信を持ってもらうためでした。
でも、元幼稚園教諭だからこんな考え方ができる、幼稚園教諭の経験があるからこそ理解できる理論がある(逆にその経験がない人には理解が難しい)ということを、特に臨床教育学という学問領域を学ぶことでたくさん気付かせていただきました。

人間の「弱さ」に目を向け、そこに寄り添う探究を続ける臨床教育学と、自分に自信がないという私の弱さは相性が良かったように思います。大学院を卒業して自信が付いたというよりも、フラットに自分のキャリアや特性を評価して生かせる場面を見つけられるようになったと思います。
また、修士論文では4名の研究協力者へのインタビューによるナラティブ分析を取り入れました。質的研究という手法に存在する曖昧さを、論文の中でどう位置付けていくのかという点では非常に難易度が高かったものの良い経験になりましたし、量的研究だけでは表面化させにくい人間の深層に触れることの重要性を学び、もっと質的研究を深めたいという思いが芽生えました。

職場での業務の変化

大学院入学から3ヶ月ほど経った頃、ふと「研究を仕事にするというのはどんな感じなんだろう?」と疑問がわいたことをきっかけにさくらインターネット研究所の所長に面談を申し込みました。そこからあれよあれよという間に研究所の研究員として異動することになるのですが、自分の人生の中で研究職に就くという選択肢は考えたことがなかったので自分でも驚いています。

社内の研究所とは言え、希望を出して簡単に異動できるような部署ではありませんし、そもそもインターネット技術そのものの研究をしているわけではないので自分の研究は対象とならないという認識でした。
キャリア相談という機会がたまたまあったことや、所長とは面識があり、気さくで安心して話ができる方だったため、本当に気軽な気持ち、相談というよりも興味本位で面談を申し込めたという状況があったから異動は実現しました。面談のハードルが高かったら恐らく異動はしていなかったのではないかと思います。

そしてもうひとつ、これはさくらインターネット研究所の素晴らしい点だと思うのですが、いろいろな領域の知識を自分たちの研究の参考にしよう、そこから何かを学ぼうという姿勢を所属するメンバー全員が持っており、異分野で研究がまだ何かもよくわかっていなかった自分がぽつんと一人入っても受け入れてもらえたことが、自分の研究にも大きな影響を及ぼしました。
研究者としての姿勢、高いレベルの研究に触れて自分自身をそこに引き上げていこうという研究に対する情熱のようなものは、大学だけでは恐らく得られなかったマインドだと思います。

また、さくらインターネット研究所の評価制度が自分自身のマインドチェンジを促進し、研究課題を探究するためのヒントにもなりました。これについてはいずれ別の記事で詳しく紹介したいと考えています。

社会人が大学院に進学するメリット

前項では、大学院進学時から修了までの間に様々な変化があり、全く想定していなかったキャリアの変化もあったことを書きました。これは、私の人生にとってとても前向きな変化であり、大学院進学で得られたメリットだと考えています。もちろん、私に特有の環境による影響も大きい(特に職場に関すること)ので、全ての人に同じ変化が期待できるものではありませんが、見方を変えると共通性も見えてくるのではないでしょうか。

大学院での学びがキャリアに変化を与えるプロセス

私が経験した3つの変化がどのようなプロセスで起こったのか、考えてみたいと思います。

大学院進学による変化のプロセス

スライドにまとめてみましたが、大学院進学時にはその時に持っている知識や情報を基に研究課題を考えています。特に学部から院に進んだ方などでは指導担当教員やゼミとの関係性などによっても異なるかもしれませんが、私の場合最初に設定した課題はまだ研究が何かよくわかっていない状態だったので、今振り返ると真に解決したかったことや修士論文を書いた後の研究のつながりまでは考えられていませんでした。

いろいろな授業を通じて課題へのアプローチ方法が変化していき、それに伴って臨床教育学という学問領域や質的研究への理解度が増すとともにもっと深めたいという熱量の変化をもたらしました。そして、研究への熱量の変化はこれまでとは異なる環境(キャリア)に飛び込む原動力となり、結果として自分のキャリアに変化をもたらしました。
大学院への進学と修士論文執筆の経験は、部署異動や転職といった大きなキャリアチェンジを伴わなかったとしても、その人の生き方に何らかのポジティブな変化をもたらすものなのではないかと考えます。

まとめ

私の大学院入学時の状況から修了時の変化を自己分析しました。それは課題へのアプローチ方法の変化、研究に対する熱量の変化、自分を取り巻く環境の変化という流れで変化し、当初予定していた研究計画のテーマ及び想定していた成果は大きく変わりました。
最終的には自分のキャリアが大きく変わることにつながりましたが、それはその手前にあるプロセスにおいて「やろうとしていること」や「自分自身の考え・思い」が変化していったことによってもたらされた変化でした。

大学院進学にどんな意味があるのだろう?とお悩みの方、特に50代以降のこれからのキャリアや生き方に悩みを抱えている方の参考になりましたら幸いです。
私が修了した藤女子大学大学院は、共学です!男性の方もぜひどうぞ。
人間生活学という、教育学の枠にとどまらない学際領域での研究や、もともと保育科が母体であるこども教育学科がベースの教育学研究は他の大学にはない特色があり、修了生としておすすめします。

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