古生物飼育小説Lv100 第八十九話をサイトに掲載しました
なんとか1ヶ月で更新できました。長編を始めるに当たっての下書きはできているのでもうちょっと縮められるかもとは思います。
武蔵野フォッシリウム編その3です。今回もよろしくお願いいたします。
長編なので過去のお話についてのリンクも張っておきましょう。
以下はネタバレ込みの解説です。
海にはアキシマクジラ、陸にはアケボノゾウ
これまで見学記のほうでアケボノゾウとメタセコイアをたびたび擦ってきていました。特にこちらの二つですね。
狭山市立博物館に行ってから半年以上ですか……。長編なので準備に時間がかかっていたのは仕方がないですね。
日本のゾウといえばまず数十万年前のナウマンゾウですが、遡っていくともっと何種類ものゾウがいて、ナウマンゾウは(北海道のケナガマンモスとともに)日本で最後のゾウでした。
チバニアン展のときにはチバニアン期に限ってナウマンゾウより前に日本にやってきた2種類のゾウが紹介されました。
それらのさらに前、アキシマクジラとほぼ同じ時期に日本にいたのがアケボノゾウです。
東京都内で見るとナウマンゾウは東京23区内で発掘されることが多いですが、アケボノゾウは昭島市や八王子市、日野市など主に多摩川流域の多摩地区で発掘されています。
アケボノゾウの属するステゴドン科の特徴とアケボノゾウの進化についてはコニカミノルタサイエンスドームのときに書いたとおりです。大きくて今のゾウ科のゾウとは全然違う歯を持っていたアジア大陸のステゴドン属が日本に渡り、日本の狭さに適応して小型化し歯もあたかもゾウ科のような特徴を備えるようになったのがアケボノゾウです。
上の写真ではアケボノゾウの祖先に近い典型的な大型のステゴドン属であるコウガゾウの頭骨と、その奥にアケボノゾウの骨格が並んでいます。アケボノゾウが祖先の半分の大きさにまで小型化したことが分かりますね。
コウガゾウの牙の間がすごく狭いことが分かるでしょうか。ステゴドン属はこういう風に牙の間が狭くなっていることが多くて、生きていた時にもこうなっていれば正面から牙の下に鼻を通せないことになります。
化石化の過程で圧縮されて牙の間が狭まってしまっただけだとも言われているんですけど、それにしては頭骨自体は潰れていないのに牙がこうなっている化石が多いらしく、どうやら本当に正面から牙の下に鼻を通せなかったようです。地表の草はあまり食べなかったのかもしれませんね。
だいぶ迷ったのがメタセコイアと一緒に発掘されることが多いということはメタセコイアを食べたのかどうかということで、現在のゾウだと針葉樹の葉や球果を食べるという記録はほぼ出てこないんですね……ヨーロッパの動物園で使用済みのクリスマスツリーをもらって喜んで食べたというニュース以外。これは新鮮な植物の葉だったので針葉樹だろうとおかまいなしだったのかな……?
とはいえそれはちょっと特殊な状況だったので、自発的には食べないものということにしておきました。
牧草みたいなイネ科は食べられるもののサイみたいに広葉樹の木の葉のほうが好みだろうと思います。
東京だけでアケボノゾウの辿ってきた道を?
コニカミノルタサイエンスドームでみたとおり八王子ではアケボノゾウの祖先と思われるハチオウジゾウが発見されているのですが、さらに西に向かうとあきる野市でそのさらに祖先のミエゾウが発掘されています。
まだ生地にできていないんですがあきる野市立五日市郷土館にレプリカが展示されています。
本場は名前どおり三重ですし他にも色々なところから見付かっているんですけどね。
なので何も東京でミエゾウ→ハチオウジゾウ→アケボノゾウという進化が起こったとは限らない、というかゾウの歩く距離の長さからして考えづらいんですが、おおむね多摩地区から見付かったものでミエゾウからアケボノゾウへの変化を辿れてしまうわけです。まあアケボノゾウは狭山標本の復元骨格を見たいところですが……。
で、多摩地区の化石を主役にして迫力を出そうとするならミエゾウを生きた姿で出すところなんですが、今のゾウよりも大きいのでさすがにあまり気軽に再生できているように描くのもちょっとな……と思い、生体はアケボノゾウのほうにしてミエゾウはコンクリート像での登場となりました(ダジャレ事故が起きてて書きづらい!)。
コンクリート製等の実寸像で絶滅した動物をも展示しようという試みは昔から動物園で行われてきました。
遊具として建てられることもありますが、古生物が再生できる世界でもこういうものが作られるだろうと思って登場させてみました。元々武蔵野フォッシリウム編自体が飼えない古生物をどうするかっていうお話ですからね。
ところで「ナウマンゾウの人」が言っていた仙台の科学館にあるミエゾウというのがこちら。牙の間に鼻が通せない復元ですね。奥に骨格が2つ見えるとおりとにかくゾウの展示が多くて見比べるのにも良いです。
メタセコイアのほうが主役かも
ここまで秋のお話なのでメタセコイアが紅葉するという要素は入れようと思っていました。この写真のとおりコウヨウザンやラクウショウも紅葉するんですけど、それでも針葉樹なのに紅葉するって言うのは大きな個性ですからね。
2021年の国立科学博物館のメタセコイア展の内容と、北浅川のメタセコイア化石林を見たときのことを大幅に参考にしています。
自分では化石林で高さを想像するだけでしたが、モリーには三角測量で今の木の高さを測って比の計算で化石から当時の高さを計算するところまでやってもらいました。10歳でここまでできたらかなりの秀才では。
オオバタグルミの殻はこのくらいしわっしわです。今のクルミならリスやネズミが保存するつもりで埋めてそこから発芽するということも多いんですが、オオバタグルミは食べづらすぎてそういうことは起こらず川に流されて運ばれるだけだったと言われています。
もしかしたら、クルミを踏みつぶして食べてしまえるゾウがうろついていた頃はリスやネズミに運ばせる方法が上手くいかなかったのかもしれませんね。……といっても、オオバタグルミが絶滅した後もトウヨウゾウやナウマンゾウがいたんですけども。
昭島市や八王子市で発見されている植物化石をまとめてみると、ヒシの仲間やコウホネのような水草はかなり多いようです。
武蔵野フォッシリウム編での恐竜の出番はこれでほぼ最後
本筋と大幅にかけ離れつつ関東の古生物であることには変わりない……ということで、群馬県で発見されたサンチュウリュウの比較対象になってきたガリミムスが第三話以来の再登場です。あのときあまりにも大きいものに騎乗させちゃったなっていうことは気になってて……。
ガリミムスは白亜紀後期モンゴルのオルニトミモサウルス類(いわゆるダチョウ恐竜)で、まだ発見されていたオルニトミモサウルス類の種類が少なかった80年代には他の選択肢がなかったんですけど、今はサンチュウリュウにもっと近い年代のオルニトミモサウルス類が発見されているということで、そういう種類も後から来ている……ということにしました。
……かえってわかりにくい写真だったかもしれない。ハルピミムスはだいぶ小柄です。クチバシの内側に小さい歯が少しだけ並んでいたという古いタイプのオルニトミモサウルス類です。
サンチュウリュウは(もしこの椎骨1つだけから判断されたとおりオルニトミモサウルス類なら)これやガルディミムスのような古いタイプのものに近い可能性が高いということで、サンチュウリュウが見付かった群馬県神流町の博物館でも何年か前にそっちに寄せた復元像を新しく作り直したそうです。
その復元像の前肢には翼状の羽毛が付いているんですがこれは飛ぶことや保温に役立つものではなく、オルニトミムスの化石から翼状の羽毛が大人にだけ見付かっていることから、求愛に用いられたものと考えられるようです。他のオルニトミモサウルス類でもそうなら、大きなガリミムスの横に小さなハルピミムスの姿が見えても翼状の羽毛のおかげでガリミムスの子供ではないことが分かるというわけですね。
そんな感じで、モリーが引っ込み思案になっているためにアキシマクジラと関係ある海のものから離れて陸のものを見るけど……という回でした。
小4当時の赤星が迫害にあうシーンは手口が古典的すぎてちょっと戯画的だなっていう自覚があるんですが、そのー、一応当事者なもので、かえって生々しい描写がちょっとというか、正直こういうほうが断然楽しくって。
次のお話でもこうした人間同士のやり取りのシーンがあって、もしかしたら古生物目当てでお読みくださっているかたにとってちょっと違うかもしれませんが、必要だと思ってやっている感じです。
プラネタリウムがある高校は実際にあるみたいです。あ、高幡不動に私立高校はないですよ、念のため。ここはどこがモデルともつかないです。
ついに「武蔵野フォッシリウム」というタイトルが何を表しているかが見えてきました。
次回、地味だけど昭島で見付かっているのがすごく意外なものを見詰めます。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?