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LIBRARIAN|維月 楓の小部屋

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モーヴ・アブサン・ブック・クラブの司書、維月楓の小部屋。詩人・研究者・翻訳家。古今東西の女性/クィア詩人の作品を読み解くことを通して、新たな生の軌跡に敬愛を捧げている。
運営しているクリエイター

#菫色の小部屋

維月 楓|反射しあうビリティスの娘たちへ

*  霧とリボンと私を結びつけたのは「ビリティスの娘」だった。フェミニズムの過剰の美学と透き通ったエレガンスの部屋を携えて、『若草物語』のジョーとベスを行ったり来たりしながら、新幹線で首都へ向かい虚空の街を歩きながら見つけた。人生の新たな扉が開く瞬間は不意に現れる。約束が果たされるまで鈍い幕をいくつも開ける。最初はそれとは分からない横雲に触れるとだんだんと目が眩んでくる。サッフォーの手招き。霧の中にたなびくリボン。灰色なのは曇天だったか、それとも指に結ばれたリボンだったか。

植物と香りのネセセール〜マリアンヌ・ノースの旅|アーティスト紹介

 ヴィクトリア朝時代、植物を求めて世界中を旅した植物画家「マリアンヌ・ノース(1830〜1890)」の聡明な冒険心へオードを捧げ、花々と旅情に満ちた香り高い展覧会を開催致します。 参加アーティスト16組のご紹介です * * * * * * * * * * * * * * * * * *

松下さちこ|わたしは夢見る「博物画」

 胸躍らせる人々の群れを抜けると、モーヴ街7番地「スクリプトリウム」に写字室が立ち現れていた――。新たな入居者である松下さちこ様の作品は、科学的記載を重視した「博物画」のような簡潔な表現で描かれながらも、豊かな感情が見出される植物や鉱物、生物と、生命を宿した書き文字(カリグラフィ)が見事に融合しています。  2023年9月霧とリボンにて開催予定の個展《惑星の花びら(仮)》の序章となる作品群をお楽しみください。  太陽のような薔薇として咲く「自己」、思惑の雲の涙、結晶となっ

Belle dea Poupee|クリスマスパーティーの後ろ姿

 Belles des Poupeeさまの制作するヘアドレスは、いつでも少女の夢を叶えてくれる。クリスマスパーティーの招待状を眺めながら、今年は何を着ていこう。 *  足元軽くパーティー会場まで駆けていきたくなるようなキャノチエ — カンカン帽 — 。藤棚のように濃いモーヴ色が、淡い菫の花にふわりと被さる。  冬の静かな空気を思わせる、爽やかな装い。大ぶりのリボンは、後ろ姿を鮮やかに演出してくれます。 *  チャコール地が、暖かく居心地のよい部屋のように包み込む。耳

くるはらきみ|くすしき花の香り

 聖書の伝統を踏襲しながら新たな解釈をもたらす、くるはらきみさまの宗教画。本イベントでは、降臨節を祝うにふさわしい二作が届きました。  くるはらさまの作品に特徴的な、まあるい瞳。聖母マリアの半ば閉じられた目は、生まれたばかりの幼子であり、神秘的な花のように神の言葉を身にまとうイエスを見つめます。  エサイの根より生いいでたる救い主。背景の絡まりあう蔦は、純なる出自とともに繁栄を暗示する。天使が慎ましく祝福に訪れ、白く可憐な花を差し出します。花はかぐわしい香りを放ち、世に遍

monomerone|“菫色の信仰”を見つけて

 どこかで誰かが身に着けていた、架空のアンティーク作品を制作されているmonomeroneさま。  少女たちの“菫色の信仰”において使用された2作品に、“少年の祝福星”を表した1作品をご紹介します。希少な貝殻を模したアクセサリーが記憶する物語が解きほどかれます。 *  天へと伸びる一本の花が十字架を描き、清廉な信仰を象徴します。少女たちにとって、交わされた手と菫色の色彩は、まさにエルダーへの愛を表すためのもの。 “菫色の祈り”を捧げる特別な日には、ペンダントトップとして

Under the rose個展|ミラの星を胸に、きらめきの拍手の中へ

 クジラ座の胸に輝くミラ。「ふしぎなもの」という意味を持つ星に見守られる庭。光が強まったり弱まったりする度に、現実と空想の世界が縮まったり離れたり。  そんな不思議な世界を作り出すUnder the roseさまの記念すべき初個展が、星のきらめきの拍手が溢れるなか、幕を上げました。  動植物たちが、ワルツのように軽やかに集まってくる。ひとつずつ手縫いで制作されているビーズやスパンコールで着飾ったアクセサリーをお楽しみください。 *  今日は何か素敵なことが起こりそうで

monomerone|菫香る熱気を封じ込めて

 燃え盛る花の饗宴のなか、舞踏会の夜が幕を上げる。記憶を封入するハート型のアクセサリーと、ガラスのディスプレイを模した2シリーズのご紹介です。  ある少女はこう言う。  あの時私はまだ胸に飾った薔薇の花よりも若く、それでも窓辺に遊びに来る小鳥よりもよくものを知っているつもりだった。緊張を隠し、興奮に包まれた舞踏会の入り口で、人々が行き交う。どうか胸に宿る秘密を持ち続けられるように。 *  パステルカラーは愛らしくも、燃える心の灯が記憶を呼び覚ます。菫が描かれた2種は、星

スウィンギング・ロンドン|河井いづみ《2》|呟声と時間

 時代の嵐が去った後も残り続けるモノ――。独特のノイズ感をもった鉛筆画から、じっと動かないモノの息遣いが秘かに聞こえてきます。  衣装替えの混乱が終わったあと、人々の気配が充満する部屋。傾いたハイヒール、飲み干された空瓶、打ち捨てられた林檎。  時間が止まったモノクロームの世界で、静物であるはずのモノたちがぬるりと生きているようにその存在を表している。呼吸を繰り返し、ふくらんだカーテン。来客を迎えようと、鷹揚に構えたソファ。  現在でも、オークションを華やがせるそれらは

スウィンギング・ロンドン|須川まきこ《1》|クイーン・オブ・ハートの鼓動をきいて

 華々しく時代を一新し、自らの眩しさによって神話と化したブランド〈BIBA〉。神話を作りあげたのは、ショップに並んだ伝説を、選び取り、身に纏った女の子たち。  最新作のバッグ、オリエンタルな髪留め、愛用の仮面と羽根飾り。ごちゃまぜな懐古主義が、部屋を舞い踊る。  モダンの終焉を予見したバーバラ・フラニッキが作り上げた王国〈BIBA〉、ついたてさえない試着室は、毎日が盛大なパーティーのようだっただろうか。人間も衣服も、もみくちゃに、生身をもった物質へと一体となりながら。

スウィンギング・ロンドン|カタユキコ|未来の旅1965-1974

 エネルギッシュで象徴的な世界観を持つカタユキコさまの作品は、まさに1960年代半ばから瞬く間に広がったロンドンの熱気そのもの。  シンメトリ―な女性たちが連帯し始める、爽やかな時代の息吹きを描いた4作をご紹介します。  ミニスカートから、大胆に突き出した脚が枠ぶちのように、扉の中から二人の女性に誘われる――女たちが紡いできたパッションへと!   小首を傾げ、余裕を残した姿態は新しいモードの萌芽を感じさせる。 *  芝生の草が肌をやさしく刺激する。ヒールを投げ出して

二人展《空はシトリン》|影山多栄子&永井健一|青い明滅――人も山猫もこっぱのこも

 宮沢賢治が生前唯一出版した詩集『春と修羅』の序詩として、賢治の詩観のみならず宇宙観をも示した作品「序」が、遊び心の溢れる2作品として新たな灯をきらめかせます。  むっつりしたり、微笑んだり、重なったりと、楽し気に弾けている。黄水晶(シトリン)色の小さな人形たちが8体!   それぞれ見た目は違っても、「あらゆる透明な幽霊の複合体」として存在している。現次元も別次元の世界も行き来できる不思議な力を秘めていそうな「こっぱのこ」たちは、「現象」として捉えられる「わたし」を具現化

二人展《空はシトリン》|永井健一&影山多栄子|夜汽車の希求

 「青森挽歌」の対照的な2つの声、亡妹トシへの願いと遺された者の哀嘆が、永井さまの2作に響き渡ります。影山さまの人形1点は、私たちをトシの無邪気な面影へと誘います。  夜の静けさが、遠くから聞こえるさまざまな声を総動員して、心にのしかかってくる。風景がびゅんびゅんと通りすぎる汽車の中、トシの姿が詩人の頭の中に往来する。  水族館のように光る窓は、焦点を集めるように降り注ぐ光として描かれている。苹果の香気が漂うガラスに閉じ込められているのは「わたし」。  たおやかな花咲く

二人展《空はシトリン》|永井健一|光彩を纏う空

 淡い色合いを用い、風景にきらめく生命の瞬きを描く永井健一さまの作品が、宮沢賢治の詩群と溶け合います。  最初の作品は、企画展のタイトルともなった「空はシトリン」が含まれた詩に捧げる一作。何度も口ずさみたくなるような繰り返しによるリズムが楽しくもせつないこの詩を、絵画の中の幾層もの重なりが連想させます。  シトリンが降り注ぐ空。地平線が幾重にも交わり、すれ違い、繰り返していく。動物、人間、植物がそれぞれ運命に揺れながら生きる。それぞれ異なる地平を生きながらも、安らぎに満ち