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LIBRARIAN|維月 楓の小部屋

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モーヴ・アブサン・ブック・クラブの司書、維月楓の小部屋。詩人・研究者・翻訳家。古今東西の女性/クィア詩人の作品を読み解くことを通して、新たな生の軌跡に敬愛を捧げている。
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#詩

維月 楓|反射しあうビリティスの娘たちへ

*  霧とリボンと私を結びつけたのは「ビリティスの娘」だった。フェミニズムの過剰の美学と透き通ったエレガンスの部屋を携えて、『若草物語』のジョーとベスを行ったり来たりしながら、新幹線で首都へ向かい虚空の街を歩きながら見つけた。人生の新たな扉が開く瞬間は不意に現れる。約束が果たされるまで鈍い幕をいくつも開ける。最初はそれとは分からない横雲に触れるとだんだんと目が眩んでくる。サッフォーの手招き。霧の中にたなびくリボン。灰色なのは曇天だったか、それとも指に結ばれたリボンだったか。

巻頭詩&エッセイ|維月 楓|モーヴ街2周年に寄せて―生と美の可能性―

 かの人が曇り空の下で想いを遊ばせた土地で、私は灰色のコンクリートの上に生きて、文字を飛ばして生きる者として精進しており、菫色の詩集を開けたのですが、そこには日本の言葉と化けたその人の詩が踊っていました。今や海路でも渡れない遠くのあなたに、詩集を拓けばわたしは会うことができるのです。もはや後にした故郷の話に出てくる空に浮かぶチェシャ猫の姿のように、紙面に浮かぶ文字はなぜか眼光の形として心に射し込み、熱く燃える印象を付けられました。 *  霧とリボンさま主催のアートプロジェ

二人展《空はシトリン》|影山多栄子&永井健一|青い明滅――人も山猫もこっぱのこも

 宮沢賢治が生前唯一出版した詩集『春と修羅』の序詩として、賢治の詩観のみならず宇宙観をも示した作品「序」が、遊び心の溢れる2作品として新たな灯をきらめかせます。  むっつりしたり、微笑んだり、重なったりと、楽し気に弾けている。黄水晶(シトリン)色の小さな人形たちが8体!   それぞれ見た目は違っても、「あらゆる透明な幽霊の複合体」として存在している。現次元も別次元の世界も行き来できる不思議な力を秘めていそうな「こっぱのこ」たちは、「現象」として捉えられる「わたし」を具現化

二人展《空はシトリン》|永井健一&影山多栄子|夜汽車の希求

 「青森挽歌」の対照的な2つの声、亡妹トシへの願いと遺された者の哀嘆が、永井さまの2作に響き渡ります。影山さまの人形1点は、私たちをトシの無邪気な面影へと誘います。  夜の静けさが、遠くから聞こえるさまざまな声を総動員して、心にのしかかってくる。風景がびゅんびゅんと通りすぎる汽車の中、トシの姿が詩人の頭の中に往来する。  水族館のように光る窓は、焦点を集めるように降り注ぐ光として描かれている。苹果の香気が漂うガラスに閉じ込められているのは「わたし」。  たおやかな花咲く

二人展《空はシトリン》|永井健一|光彩を纏う空

 淡い色合いを用い、風景にきらめく生命の瞬きを描く永井健一さまの作品が、宮沢賢治の詩群と溶け合います。  最初の作品は、企画展のタイトルともなった「空はシトリン」が含まれた詩に捧げる一作。何度も口ずさみたくなるような繰り返しによるリズムが楽しくもせつないこの詩を、絵画の中の幾層もの重なりが連想させます。  シトリンが降り注ぐ空。地平線が幾重にも交わり、すれ違い、繰り返していく。動物、人間、植物がそれぞれ運命に揺れながら生きる。それぞれ異なる地平を生きながらも、安らぎに満ち

レース模様の図書室、再訪|維月 楓&霧とリボン|架空のアブサン酒《F203》

TextKIRI to RIBBON  菫色の図書室への再訪も今日が最後——もうすぐ閉じられる扉を想いながら、新緑の中を歩いてゆきます。  どこからともなく、花々の香りが漂ってきました。香りは風に乗って消えてはまた現れ、図書室への道を一緒に楽しんでいるかのよう。  厳かな気持ちで扉を開け、入室します。花々の香りはいったん古い書物の匂いの中に消えてゆきましたが、ある書架の前で、ふたたびその香気を濃く深くするのでした。 * * *   アメリカの詩人の詩集が並んだ書

新訳付作品集『Emily’s Herbarium』のご紹介|クリスマスに寄せて

Text|Kaede Itsuki  一段と冬の寒さも深まり、クリスマスソングの聞こえる季節となりました。クリスマスといえば、愛情に満ちた人々が輪になって集まるような暖かい気持ちと、どこか心の芯に凍てつく孤独に気付かされるような少しの寂しさを感じます。年の瀬の高揚感と終焉への身に沁みる冷たさという両極端の気持ちがせめぎあう季節。19世紀に生きたエミリー・ディキンソンの詩のなかにも同じように二つの感情が揺らぎ、さまよい歩くような詩が多くあります。  今秋に開催された「金

温室の別扉《2》|新訳付作品集『Emily’s Herbarium』

 温室の馨しい風景を植物標本のように綴じた箱入アートブック、新訳付作品集『Emily’s Herbarium』を限定刊行いたします。  ウィリアム・モリスのケルムスコット・プレスに憧れて、1999年プライベート・プレス「Club Noohl」を設立、これまで限定版アートブックや蔵書票を制作発表してきました。今回は2018年以来、久しぶりの刊行となります。    アンティークの植物標本をイメージして、全ページ手切り紙を使用。別刷り作品ページは押し花をするように一枚一枚手貼りし

佐分利史子・カリグラフィ作品|気高きは、小さきもの、[55]

 ここはカリグラファ佐分利史子の写字室。主に英米文学とフランス文学を題材にして制作したカリグラフィ作品を展示する小部屋です。  モーヴ街3番地の図書館「モーヴ・アブサン・ブック・クラブ」とも連携し、ふたりの司書が題材となる文学作品の新訳と解説などを担当。文字で遺されてきた過去の文学に敬愛を込めて、カリグラフィと新訳で新しい息吹きを注いだ一篇をどうぞゆっくりご高覧下さい。 佐分利史子 Fumiko Saburi | カリグラファ →HP 伝統的なカリグラフィ文字を基調とした作

KAEDE|ご挨拶―敬愛するアメリカ詩人たち―

維月 楓 Kaede Itsuki|詩人・英米文学修士課程在籍・翻訳家 →Twitter 幼少期より言葉が織りなす世界に魅了され、詩作を行いながら、英米文学の研究を行う。古今東西の女性詩人の作品を読み解くことを通して、彼女たちの人生の軌跡に敬愛を捧げている。  オンライン上のモーヴ街3番地にて司書を務めさせていただきます維月 楓(いつき かえで)と申します。ここでは、優美なモーヴ、頽廃的なアブサンというテーマを軸にしながら、主に英米文学について詩の新訳、紹介、エッセイなどを