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『テールライト』 森絵都

以下は、森絵都著『テールライト』における、女性タクシードライバーと客との大晦日の会話である。

「でも、車の排気ガスが少ないせいか、この時期の東京は空がきれいですよ」
(中略)
「空?」
「街のネオンも少ないぶんだけ、月や星がよく見えるんです」
(中略)
「お正月のあいだも、きっと、ずっとそんな感じですよ。天気さえよければ」
「へえ」
「だからせめて、空を見上げていたほうがいいんです」
 (p.153-154)

大学卒業後、私はお堅い企業に就職した。
電話の受け答えができなかったり、誤ったことを伝えてしまったり…。
多くの失敗をし、出勤するのが嫌で嫌でしかたなかったころ。

出勤のために最寄駅まで歩いていると、
「紅葉がきれいだよ」
という男性の声が前方から聞こえた。
ふと声のしたほうを見てみると、60代ほどの男性。
そして、その頭上には鮮やかな紅葉が広がっていた。
「色だ」
と思った。
白黒の世界からカラーの世界へとまぎれこんだ、そんな感覚だったことを覚えている。
男性に軽く会釈をした。
涙ぐんでいる顔を見られないように。

そして、その涙をこぼさないように上を見た。
紅葉の背景は、青空だった。

その道の先に「もみじ橋」と名付けられた橋が架かっていることを思い出し、いつもの通勤ルートが急に特別な場所に感じられた。

その日から紅葉を気にして歩くようになったが、当時ほどきれいな紅葉には出合えていない。

紅葉を見て涙を流す日ももう二度と来ない、そんな気がしている。

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『テールライト』 森絵都 『出会いなおし』(文藝春秋、2017) 第5話に収録

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