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『あなたが消えた夜に』 中村文則

神は全てを見てる。そういう言葉がある。でも本当だろうか? 見てるなら、なぜ世界は悲劇にまみれてる?
きっと、あなたは今よそ見をしてるのだ。神のよそ見は、神からすれば一瞬かもしれないが、恐らく数千年の長さだろう。あなたは聖書時代にこの世界に現れてから、ずっと今までよそ見をしている。
 (p.397)

新型コロナウイルスに世界中の人々が翻弄され疲弊している姿を、神は直視できずにいるのだろうか。

現実を直視すると、不安でたまらなくなる。
私が感染して、親にうつしてしまったら。
今後の仕事は。
私たちの生活は――。

「最近、急に老け込んだ気がする」
ベッドにふたり。
ビールを片手に、並んでテレビを見つめる。
「大丈夫だよ」
彼は私を見て微笑み、頭を撫でてくれる。

幼いころ、親からの愛情を感じられずに育った。
親に寄りかかると、「肩がこる」と突き放された。
私のことを愛してくれていなかったわけではないはずなのだが。

そんな過去があったからか、30年以上経ったいまでも、頭を撫でられると反射的に涙が出てくる。
ここに居ていいんだ、という安心感で心が満たされて、胸がいっぱいになるのだ。

彼が私に優しくしてくれる理由はどうでもいい。
からだ目的であったとしても全く問題ない。
目的が何であれ、私に触れる彼の手は、いつもあたたかいから。

どこか、世界の片隅で、誰かと、静かに生きていくことができたら。そんな安らぎを、もし自分のような人間が得ることができるのなら。 (p.485)

付き合っているわけではなく、「好き」なんて、言ったことも、言われたこともない。

でも、そっとそばにいてくれて、安らぎを与えてくれる。
居場所を与えてくれる。
生きていていいよ、と言ってくれているかのように。

渋谷や新宿で、露出度の高い服を着て声をかけられるのを待っている女の子を何度も見かけたことがある。
見るたびに思う。
「私、その気持ちわかるかも‥‥」と。

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『あなたが消えた夜に』 中村文則 毎日文庫 2018 (p.397)

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