あしあとのなんまん億を解放し・・・
あしあとのなんまん億を解放しなきがらとなりしきみのあなうら
渡辺松男『きなげつの魚』
なんというかなしく美しい挽歌だろう。
ひとは、地上に生を享けている間だけ、地上に足跡をのこすことができる。
生前の命のあゆみをたどるとき、のこされた足跡の数は数字に置き換えることができない。
それでもなお、そのひとつひとつを愛おしむように「何万億」という非在まで数え上げ、かぎりない愛惜をもって「億」という字を際立たせ、地上に生きた瞬間瞬間を頌えている。
「あしあと」「なんまん」「解放」「なきがら」「なりし」「あなうら」と連ねられたA音は、解放された足跡たちの旅立ちを祝福する鐘のひびきのようである。
歌集に浮遊するひらがなは、ひらひらと舞い立つあしあとそのもののようである。
地上に残された者は、もうあしあとをつけることのないあなうらをも解放して、その旅立ちを見送るほかない。
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