ソウルへ:旅中のメモ⑨

旅中のメモ⑨


2023年8月22日9:00~17:00


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午前中、いろいろと仕事を進めようとしてまたあまりうまくいかず、でかけることにする。


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サムスンの収蔵品展などを見ることのできるLeeum美術館へ。
趣向の凝らされた建築は、3人の建築家による合作(コールハース、マリオ・ボッタ、ジャン・ヌーベル)。それぞれがひとつの棟を設計し、それら3棟が地下のロビーで繋がっている。

コールハース担当部分の棟は、建築の中にもうひとつの建築の含みこまれたような変わった構造で、それでいて派手な感じはなく、ずっと眺めていられる穏やかな見た目をしている。入れ子の外側の構造は、明るい庭に面した広やかなガラス窓を持ち、内側の構造にあたるシェルター状の塊は朴訥とした炭のような色合いで、塗っているのではなくそれ自体が黒いコンクリートでつくられているのだという。その塊の内部が企画展示などに使えるフレキシブルな空間になり、吹き抜けの下部に見える地下のフロアへと連なっている。

クラシカルな外観で、内部に特徴的な螺旋階段をとりまくかたちで展示室の配されたマリオ・ボッタ(ワタリウム美術館の設計者)の建築は、韓国伝統美術の展示に用いられる。ジャン・ヌーベル建築では、充実した近現代美術のコレクションが見られる。

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お昼ご飯代わりに、ミュージアムカフェでCorn Cookieとされるものを買い、食べる。とうもろこしの粒がたっぷりトッピングされ、クッキーの中にはクリームチーズがつまっている。わずかに塩味がするが、全体には甘い。
韓国ではよくあるおやつというわけではなく、恐らくミュージアムのオリジナルなのだと思われる。
ランチをごく軽く済ませようと思ってクッキーにしたのに、ずっしりとお腹にたまる。

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コールハース建築の企画展示ではキム・ボム(1963~)個展「How to become a rock」(岩になる方法)が開催されている。韓国の正統な美術教育を受けたうえでNYに渡り活動した(現在はソウル在住)キム・ボムの作品は、見たところ茶目っ気のあるドライなコンセプチュアルアートのような趣が見て取れるけれども、解説によればアニミズム的感性を持つ作家であるということらしい。たしかに無機物を人間や動物として見做そうとする操作は、彼の指示的な絵画やインスタレーションのなかに見て取れるけれども、どちらかというとわたしには、カフカや安部公房のように機械論的に縮減された不条理な身体のモデルのように感じられた。

記号や表象とその意味のあいだの不条理な関係を見いださせるコンセプチュアルな作品が多く、そのなかで無機性と有機性の反転が問題になっている。展示の序盤にもうけられた、十字架が浮かび上がっているように見えるタブローの作品は、《Eraser Fish》と題されており(カンバスの布の中に消しゴムを並べることで魚を浮き彫りにした作品らしい)、たしかにここで消しゴムの十字架は魚になって生命を得たことになる。
似た作品で、不定形の幾何学模様に見える、ワイヤーを用いて像のあらわされたタブローが《Chickenwire Chicken #1》と題されている。これも、無機的なワイヤーが鶏という有機体になったということだろうか(でも、しつこいようだけれど、birdじゃなくてchickenなのだからアニミズムというには剣呑すぎるのではないか)。
カンバスに文字だけが書かれ、存在しない風景をそこに見ることを指示している作品《Landscape #1》。靴の裏のかたちだけが小さな丸い金属片の集合であらわされた《Man Standing》。などなど。絵画に関しては色彩のバリエーションのほとんどないミニマルな作風で、世代としては少し上だがオノ・ヨーコや河原温のタブローの手つき、それにフォンタナ的なマテリアルへの介入を思わせる。先行するコンセプチュアリズム等の作品群とは異なり、通底するユーモアや不条理さが独特の愛らしい雰囲気をつくっている。

中でも有名な近作は《The Educated Objects》(2010)というミクストメディアのシリーズで、じつはおまえは鳥であると岩に教えたり、じつは海など存在しないのだと帆船に教えたりする映像などから成るもの。似たもので、《In Objects Being Taught They Are Nothing But Tool》(2010)は、小学校の教室のミニチュアのなかに、生徒役としてじょうろや扇風機やヤカンや湯沸かし器などの道具類が座らされ、彼らが人権、資本主義、消費主義などについての授業を作家(の映像)から受けているというもの。

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韓国の伝統美術コレクションを見、小規模で神秘的な雰囲気の企画展示Boma Pak「Ritual of Matter」を見、そのあと恐る恐る係員に訊ねてみると、肝心のサムスンの近現代美術コレクションがいまは見られないことがわかり、甚だしくがっかりする。
がっかりしたまま、コールハース建築をゆっくり見学して回り、野外彫刻をながめる。

美術館のあるあたりの坂を下りたさきのべーカリーカフェAvek Cheriは開放的な雰囲気で、かなりエスプレッソの効いたフラットホワイトを注文し、少し元気になる。梨泰院駅までの通りを少し散歩すると、晴れやかだが涼しく、とても気持ちがいい。

夕方、弘大のエリアで食事をする約束をAさんとしていたので、またメトロに乗る。

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