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生霊(掌編小説)

私は生霊になった。
突拍子もない事だけど、目覚めた瞬間にそう理解した。
憎い相手を殴る夢を見た。
ただそれだけの事だったが、異様にリアルで生々しかった。
その夢の中では、自分の体が真っ黒な影になっており、形が定まらずぼんやりしていて、四肢がとても重かったのだ。引き摺るように。
慣れない体を無理やり動かしている状態で、強い意志が無ければ手を振り上げて相手を殴るという単純作業が出来なかった。

夢の最初に現れたのは「窓」だった。
あの奥に居る、壊さなければ、と思った。
それで何かを掴んで(おそらく煉瓦だと思う)その「窓」を破壊した。
何度も何度も執拗に殴って窓枠を粉々にした。
すると相手が私の立っていた道のすぐ近くに現れた。
誰かと一緒に居る様子だったが、顔はよく見えない。
相手は当人とよく似た背格好の人物と寄り添うように立っていた。
双子か兄弟か親子のように見えた。
二人のうち憎い方を(姿はよく見えなかったが、向かって右側に居るほうが自分の敵だと直感した)殴って壊す事にした。
腕が重い。
思ったように動かない。
呻いて、アメーバのようにぐにゃぐにゃと定まらない体を引き摺って、相手に近付き、今度は煉瓦ではなく、自分の手で殴りつけた。
動作がとても遅く、これでは壊せないのではないかと不安になった。
それでも決意は固く、鈍重な体でも諦めず根気強く相手を殴り続けた。
ああ、もどかしい。
あまりにも体の動きが鈍い。
逃げられるかもしれないと焦ったが、なぜか相手は悲鳴を上げるばかりで逃げもせず、抵抗も反撃もしてこなかった。
振り下ろす拳が当たるたびに、ぐちゃりびちゃりと相手の体は潰れた。
やがて、目立つ部分はすべて潰せたと分かった。
憎い相手を壊せたのだ。
「ああ、良かった」と思ったところで目が覚めた。

これは、まず間違いなく生霊になったという事だろう。
よほど憎悪が抑えられなかったとみえる。
自覚は無かったが、心底、嫌いで憎かったのだな。
理解したお陰でとてもスッキリした。
生霊になるほどなら、なにもかもに納得がいく。
それなりの事をされていたのだ。
目を塞いでいた靄が晴れて、今は全てがハッキリ見える。
原因の分からなかった胸糞悪さも、そういう事か。
相手はそもそも人間ではなかったのだ。
妖怪と言って差し支えない。
だから、何を言っても言葉が通じず、常に気味が悪く不愉快で、苛々と悩まされ、気が滅入って体が重く、それでも妖怪だから正体が掴めず、騙されて精気を吸われていた事に気付かず、訳の分からない状態で一方的に悪者にされた挙句、何度も酷い目に遭わせられ衰弱してしまっていた。
憑りつかれていたのだ。
だいぶ危ういところまで来ていたから、生霊になってまで壊さなければいけなかったという事だろう。
夢の中で相手を殴って叩き潰し、汚い魂を壊した事で、やっと逃げられたという実感がある。道理で「殴って壊さねば」と思うばかりで、罪悪感が微塵も湧かなかったわけである。
相手が人間でなかったのなら当然だ。
私は本能で妖怪の本性を察していたのだろう。
生霊になるのは初めてだったが、首尾は上々だった。
我ながらよくやった。
もしも気付けなかったら私が憑り殺されていたところだった。

あなた方も気を付けた方が良い。
世間には、生霊になってまで退治しなければいけない妖怪が、時たま、人間面して混じっているから。

   END


おまけ。
この掌編を書いた日に、普段はそんな場所ではよろけないって場所でよろけて引き出しに手をぶつけ、手の甲に人を殴った時にできるような傷が付いてしまいました。
このおまけだけは、フィクションじゃなくて、本当の話なんですよ。
自分のエピソードなのに、恐っ!!!Σ(゚Д゚)


画像お借りしました。
【ムーンロード - No: 26260937】

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