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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―46―

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         第  四  章
         王の帰還(6)
          避難警報
 
「全従業員に警戒警報。警戒警報。待避の指示があり次第、事業棟地下二階会議室へ避難できるよう準備をしろ。何も持ち出さなくてもよい。訓練どおりにするように。なお、ただ今は、非常電源が作動している。繰り返す、警戒警報が発せられた」
 ゴンザレスがこう放送しました。

「なにごと?」
 エリカとナナミンが顔を見合わせた隙を突いて、桃子は防爆扉を少し開き、廊下に滑り出ました。非常電源に切り替わっているので廊下の照明は節電して、照度が落ちています。彼女は二階上の地上出口に向かって走りました。
 ここの地下は防空壕なので、もしもの時、構造上の弱点にも爆風の通路になってしまうエレベータは備わっていません。また同じく爆風を逸らすために廊下も直線ではなく何カ所か屈折部を設け、何重にも厚い防爆扉で遮られています。
 ようやく地上階に到り、出口のスライド式防爆扉を体が通れるだけ開けました。その外には入口への爆風を防ぐ土塁があり、その角を曲がりきりましたが、そこで桃子は思わず立ち止まりました。そこに拡がる情景は、彼女がほとんど見知らぬものでした。
 地下の”会議室B”に籠もっていた日間に大幅に変わっていたのです。
 
 桃子が病院から退院したときは、土塁の先には邸内の敷地の中央を貫通する広い一本道が通り抜け、左手には”本館”と呼んでいる三階建てのビル。その正面には様々な大きさのパラボラアンテナが宇宙空間の通信衛星にこうべを傾けている筈でした。
 その向こうは”応接間”と呼んでいる二階建ての大理石造りの迎賓館。
 更に先には白いモルタル塗りの壁にスペイン瓦を載せた瀟洒な塀が囲む”従業員宿舎”の棟が並んでいる筈でした。そうしてその背後の丘陵のいただきには、とても危険なスペイン人が居住し彼らが”司令棟”と自称する落葉色のビルと、十字架がそびえる小さな礼拝堂、広葉樹の葉叢に蔽われた鎮守の社が目にはいる筈でした。

 しかし、彼女の眼前には、土塁の外にさらに高い土塁が円弧状に巡らされていて視界を遮っています。正確には「ヘスコ防壁」(注)と呼ばれる、円筒状の金網をビニールで蔽った中に土砂を詰めた応急防壁です。そうしてヘスコ防壁はさらに南へ複雑に屈折しながら伸びているようでした。
 ホイールローダーを操縦して、”ショベルカーのお兄さん”が土砂を注ぎ込んでいます。

「一体、これは何事?」
 照りつける西陽にしびを掌でさえぎりながら、大声で問いただします。
「さあ? わかりません。指示されただけなので……」
 手を止めずに元気なお兄さんが大声で答えます。
「ロドリゴやサンチョはどこ?」
「ここ数日見ませんよ。ゴンザレスなら、ほらあそこ」と、”司令棟”の屋上の隅を指さしました。
 彼女がそこへ行こうと「ヘスコ防壁」の並びとホイールローダーを避けて進むと、敷地を貫通している幅広な一本道にはコンクリート製消波ブロックが疎らにおかれていました。
「それは”龍の歯”。オレが一人で運んできたんですよ」と、彼は誇らしげに笑いました。
 
 左手にある”本館”、”迎賓館”、”従業員宿舎”は偽装網であちこちが蔽われ建物の形が分からないようにするつもりだったらしいのですが、なぜか偽装網が足らず、上に載せた夏草や木の枝は夏の陽射にたちまち枯れ果て、却って目立ってしまう惨状になっていました。
 宇宙空間をにらむパラボナアンテナ群の周りは、昔からの小さな土嚢で腰の高さくらいに囲まれていましたが、素人目にもその高さではアンテナを爆風から守り切れず、もっと土嚢を高く積めばアンテナが機能しないことが明らかでした。

 彼女は、通い慣れた経路と異なる道を昇って”司令棟”の屋上にたどり着きます。またしても土嚢の壁がありました。その囲みは天井代わりに帆布のテントが張られ、さらにその上は偽装網と夏草で上空からの目を欺いています。
 テントは当座の間に合わせに用意したらしく、〇△町内会と大きくプリントしてあったのは、ご愛嬌でした……。
 
  (つづきますよ)

画像はNotoのオヌヌメから
川端康成と伊藤初代の婚約記念写真らしい
大文豪は当時、一高在学中二十歳、初代は十五歳!らしい
こののち、初代から「非常のこと」がその身に起きたという理由で、破談の手紙が……。

(注) ヘスコ防壁


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