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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―50―

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   第 四 章
  王の帰還(10)  桃子による捕虜尋問

「待ってください、お嬢さま」
 桃子がナナミンから渋々ヘルメットやハーフブーツなどを受け取って、屋上の階段塔の扉へ向かっていると、ゴンザレスが声をあげました。
「あの捕虜、イワンの野郎の尋問をお願いします。イワンの野郎、……奴は……」
「あっ、すっかり忘れてた! どこにいるの?」
「この建物の地下に閉じ込めています」

 彼が説明するには、捕虜は桃子だけに一切合切を喋ると言って自分たちの質問に答えない。拷問を加えれば口を割らすことはたやすいが、される相手は苦痛を逃れようとして尋問者に迎合して、尋問者に都合のよいことばかりを喋り散らすことが往々にしてある。そこから本当の情報をふるい分けるには時間がかかりすぎる。だから桃子が尋問して、短時間で正確な情報を引き出してほしい。
 彼はこのように説明しました。
「桃子、その捕虜と何があったの? あの廃工場の戦闘中にロシア語で何か話し合ってた、とガルシアから耳にしたけど」と、お婆さんが追いかけるように聞きました。
「協力すれば命を助けて、うちで雇うって言ってみたの、傭兵契約の三倍の金額でって……」
「買収して協力者にしたの? お爺さん譲りね」
 お婆さんはこう言って、ここ数日来はじめて楽しそうな笑い声をあげました。そして「だけど油断しないで、簡単に信じてはだめ」と念押しします。

 桃子は、はいと返事してから、エリカの腰から例の隠し武器である鉄鞭てつむち/てつべん(注)を引き抜き、足元に振るいます。力加減を変えて、コンクリート片が飛び散るまで二、三度繰り返しました。お婆さんとガルシアが驚いた表情で見合わせました。
 彼女はスナップをきかせて、鉄鞭のしなり具合と先端の破壊力を確かめながら深く考え込みました。

 さきほど、お婆さんと『ひこうき雲』を見上げ、歌を聴いた際の漠とした離別の哀しみ、その前はオフィーリアの死をめぐるエリカらとの衝突の気まずさと悔恨。さらに前は無為の退屈。ほんの一時間のあいだに、情念の葦舟あしぶね大時化おおしけもてあそばれるのを、このちょっとした知的活動が断ち切ってくれるのではないか、という意味のことを言語化することなく直感しました。
 そう、捕虜とのちょっとした駆け引き――圧力と嘘、取引と欺瞞、同情と偽善、誘導と沈黙――それらがウロボロスの紋章のように絡みつき一体化しかねないゲームを楽しんでみよう。こういうふうに桃子は心に決めました。
「やってみる。ガルシア、尋問の秘訣を教えて」
「しかし、制限時間はだいたい一時間以内ですよ。敵が攻めてきたら情報が役立ちません」
 ガルシアはこう駄目押ししてから、夏期即席尋問テクニック講座を始めました。
 ……
 
 その部屋は、汗と恐怖の匂いにかすかな糞尿と化学薬品の刺激臭が鼻を突き不快でした。捕虜にトイレを使わす危険をさけるために、簡易便器を使わせたからでしょう。
 重い鉄扉を閉じる震動を感じ取った捕虜は、怯えたように体を硬直させます。

(続きまっせ)

(注)エリカの鉄鞭
   『MIMMIのサーガあるいは年代記 ―4―』をご覧下さい。