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MIMMIのサーガあるいは年代記 ー21ー

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    皐月のある日    ――人魚の涙――

 指定されていた時間きっかりに、桃子に求婚する五人とその通訳は蛸薬師小路たこやくしこうじ邸の正門をくぐると、”元気なお兄さん”たちから厳重なボディ・チェックを受け、武器の類いやスマホはもちろんのこと、腕時計や筆記用具なども盗撮、盗聴機能の有無を調べられました。これに続いて、幔幕を張り巡らせて来訪者の視界を遮った通路をオフィーリアの先導と”元気なお兄さん”たちに囲まれて事業棟まで進まされました。

「みなさんこの部屋で、服をぜんぶ脱いでこれに着替えてください。今身につけているものはすべて下着も含めて、このロッカーに入れてください。所要時間は十分です」と、オフィーリアが言葉は丁寧なものの、居丈高に言い下しました。

 とうぜん十人からさまざまな言語で不満と抗議がわきおこり、フランツ・ヨーゼフⅣ世・ハプスブルク=ロートリンゲンなどはいきり立ってオフィーリアに掴みかかろうととしましたが、彼女に腕を払いのけられ、足払をされて無様に這いつくばってしまいました。

「安全のためですから、ご協力ください。不満な方はここでお帰りになって結構です。わたしどもがみなさまを招待したのではありませんから」と、倒れたフランツの腰を爪先でつつきながら言い放ちました。

「安全って、だれの安全? 一糸もまとわないと全裸中年男性になっちゃう。裸になることなんだ」と山本三郎は訳のわからないことを呟やきます。「おっちゃん、日本語しゃべれるんやったら日本語通訳いらんやろ」と、『パワー・ショベルで穴掘って、裏山に埋めるど』(播州弁)が口癖の”元気なお兄さん”が聞きました。まああたりまえの疑問ですね。
「僕、アメリカ国の大学院でたから英語はよく分かるんだが、日本語が不自由なときもあるから、パパが連れて行けっていったんだ」
 パワー・ショベルのお兄さんは手の施しようがないという感じで、黙って肩をすくめるだけでした。

「急いでください。十分間のカウントはもう始まってますよ」と、オフィーリアが苛立たしげにせき立てます。
 白色のツナギと素足にビニールのシューズ・カバーを身にまとった求婚者とその通訳は、大会議室へ導かれました。世界的な大資産家たちも、まるで工場の無菌室へ始業時に移動する従業員のようです。さらに大会議室の扉の前では、携帯式金属探知機で念入りに調べられました。

「中南海の党幹部会議に出席するときも、ここまで調べられないぞ。何のためだ。嫌がらせなか」李戦念が顔を赤らめてなじります。もちろん通訳を通してですが。
「安全のためと、さっき説明しましたが……。あなたがたが変な病原菌を持ち込んだら、桃子お嬢さまに危害を及ぼします」と言うだけで、それ以上の説明をしようとはしませんでした。
 オフィーリアが、前挨拶もすることもなく、説明会を始めます。
「これを読んでください。五人それぞれが手に入れるべき品物を書いています。この品物を手に入れた人だけが、桃子お嬢さまに面会できる資格を得ます。あくまで資格だけですが……」と一方的に説明しました。
 パワー・ショベルのお兄さんがオフィーリアから五枚の紙を受け取ると、求婚者たちに配りました。

 通訳が各国語に翻訳するのですが、しばらくのあいだは誰からも一言の反応もありません。やがて紙に誌された代物の意味がわかりかけると、五人とも「馬鹿げている!」「これはなんなんだ?」「どこまで思い上がってるんだ!」など大小同意の大声をあげたそうです。
 オフィーリアが演台の上のノートパソコンを操作して、背後の大型ディスプレイに画像を表示させます。五人の求婚者名と課せられた入手すべき品物のリストです。もちろん五人の求婚者の母国語で書かれています。
「配った紙の内容と間違いはありませんね。ご覧のとおりです。念のためもう一度繰り返しますが、各自に指定された品物を入手して、この館に持参した人だけが桃子お嬢さまに面会できる権利が発生します。期限は十四日後のこの時刻までです」と言いながら、腕時計の文字盤とディスプレイに表示された時刻を照らし合わせます。
 求婚者五人にそれぞれ割り当てられた品物は、つぎのとおりでした。

 山本三郎
     「人魚の涙」(但し、一升(約1.8リットル以上)

 イワン・イワノビッチ・シャマロフ
     「ゴジラの卵」(但し、生もの)

 李戦念
     「ゴルディオンの結び目
      (但し、解けるか切断されていないもの)

 ビル・フォン・バージニア
     身を自在に隠すことのできるという日本古来の「隠れみの

 フランツ・ヨーゼフⅣ世・ハプスブルク=ロートリンゲン
     乙巳の変(いっしんのへん:645年)で蘇我氏宗家とともに
     焼失したとされる「天皇記・国記」(但し、書写を含まず)

 このリストを見れば、「莫迦げている!」などと彼らが口々に叫んだことも頷けるでしょう。「ゴジラの卵」や「ゴルディオンの結び目」などは世界中で知られていますが、「天皇記・国記」と「隠れ簔」などは、日本人でも説明を聞かずに分かる人は多くないのではないでしょうか。

 なお、ここにあがっているリストですが、「味噌味みそみ行状始末記」という著者未詳の書物では、『一書に曰く、品々に異同あり。隠れ簔にあらず髭切ひげきりの太刀の誤なり。くわえて天皇記・国記とあるはロンギヌスの槍なり』という異伝が記されているようですが、確かな筋から入手しました電子媒体の資料によれば先に挙げたリストとなっています。いずれにしろ手に入れることが困難なものばかりですね。はなから存在しないものと言い換えてもいいかもしれません。

「こんなバカなことやってられねえ! パパに言いつけてこの国への液化天然ガスの輸出を停めてやる」と言って、イワンが渡されて紙を踏みつけます。
「こいつらは頭に虫が沸いてる! アメリカがもう一度統治して再教育をしてやる!」と、罵ったのはビルです。
「お二人は、桃子お嬢さまへの面会する機会を放棄される。つまりはこの挑戦に参加されないと、理解していいのですね。でしたら、今後のお互いのトラブルを防止するために、この書面にサインをしてください」と、書面を掲げて二人に迫りました。

 二人は言いつぐんでしまいましたが、一人山本だけはこのようにブツブツと独り言を言っていました。
「これなら何とかなるな。みんなが投げ出すと、桃子ちゃんに会えるのは僕一人になりそう。もう勝ったようなもの。僕が勝者、ですから勝利者になるんですよ」
 言い終わると、彼はスキップしながら大会議室を駆け出しまいました。

 残りの四人は彼の言葉を聞くと、我に還り慌てて通訳とせわしなく相談を始めます。
「質問は一切受け付けません。それぞれの品物が何なのかは自分で調べてください。締め切りのカウントはすでに進んでいます。もう十五分余りすぎました」オフィーリアがこう言うと、あと四人の求婚者たちは号砲を聞いた競泳選手のように一斉に、山本の後を追いかけました。

 彼らが慌ただしく去り、静かになるとオフィーリアは、急に体の力が消失したかのように蹲ってしましました。両手を顔にあてて涙が流れるにまかせます。張りつめていた気力が崩壊してしまったのです。存在感が蜉蝣かげろうの羽よりも薄く、弱々しげなオフィーリアには似ても似つかぬあの求婚者たちに対する居丈高な言動は、エリカの真似をしたものでした。すべては桃子のため、下品で狂ったあの忌々しい求婚者たちを追い払う使命感だけが彼女をいままで鼓舞したのでした。
 ゴジラの卵などといった品々は、三日前の会議で、お婆さんから五人に解決不能の難題をもちかけたらどうか、という発案から出て来たものです。七海や天野たちがこの発案に飛びつき、さまざまな品物を挙げてゆきなんとなくこの五つに決まってしまったという無責任なものでした。そうして責任はオフィーリアにおしつけられたのです。

 みなさんも学校のサークル、町内会や会社などの組織の会議で解決困難な問題を話し合った際に、似たような経験をされたことはないでしょうか。 一向に善い案が出なくて困ってしまったとき、一人がとっぴな思いつきを言い出すと、地獄に垂れた一筋の細い蜘蛛の糸にすがりつく亡者のように参加者がこの話題にすがりついて会議が盛り上がる経験です。
 その結果、解決困難な問題はすべて解決してしまったかのような、自己欺瞞あるいは共同幻想の共犯者になってしまったことが、一度はあるのではないでしょうか。このような場合、導き出された解決策はえてして非現実的、空想的なもので、その組織にとって犯罪的というべきものが多い傾向にあります。

 いい面の皮は、この安易な解決策を実行に移す人物です。後で冷静に考えたら解決策にはほど遠いものですから、頭を抱える羽目になります。この立場の人間がオフィーリアなのでした。
 彼女は桃子お嬢さまのためという一心で、本来の自分でない強引な演技を終えたのでした。
 そうして今、十四日間はあの下品で思い上がった求婚者たちを、ここから遠ざけられるという小さな安心感に包まれていました。その喜びの涙でもあるのです。二週間後の騒ぎはどうなるにしろ……。

 五人の求婚者とその通訳を門外に追い出して大会議室へ戻ってきた元気なお兄さんたちは、しゃがみ込んでひたすら涙を流すオフィーリアを目の前にして、理由が飲み込めないものの、邸内の自分たちのまったくあずかり知らないところで何かが起ころうとしていることを察しました。その何かは不吉なことであるとも……。彼らは、見てはいけないものを見てしまったような小さな後悔をしながら黙って静かに立ち去っていきました。

 ……ところで主人公である桃子は、このようなオフィーリアの苦労やお婆さんたちの心労など関係なく、外部の情報から完全に遮断された部屋でゲームにふけったり、マスコミや大衆に対するイメージ戦略の第二段階作戦を考えていました。この第二段階作戦は、記者会見を含む一連の作戦よりも大規模で華やかで、世界中をアッと言わせてやる、つもりでした。しかし、思い出しても腹が立っていたのは、記者会見の席からエリカたちに恵方巻きにされて運び出されてしまったことでした。”尻尾”と言い換えられている”ち〇こ”が生えそうになっていたことは忘れさっていましたとさ。

 はたしてこの五人のうち誰が求められた品物を手にすることができるのでしょうか。それどころか、一人でも要求に応えることができるのでしょうか。はやり、単なる無理難題なのでしょうか。

 (つづく)

参 考:
  (内容は玉石混淆で、天皇記・国記などは不正確ですが)Wikipediaから
(注)中南海
   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%AD%E5%8D%97%E6%B5%B7

 (注)人魚
   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%AD%9A

 (注)天皇記
   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A9%E7%9A%87%E8%A8%98

 (注)国記
   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%BD%E8%A8%98

 (注)ゴルディオンの結び目
   https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2%E3%82%B9%E3%81%AE%E7%B5%90%E3%81%B3%E7%9B%AE




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