MIMMIのサーガあるいは年代記 ―64―
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第 四 章
－戦場のプリマドンナ3－
「いまあななたちに、無条件降伏を勧告します。ただちにに武装解除して立ち去りなさい。繰り返します。無条件降伏を勧告します。武器を置いて立ち去りなさい」
敵の傭兵どもは突然の大音量の放送にはじめは何事かと戸惑い、次いでその内容を理解するとあちこちで爆笑、嘲笑や失笑がわきました。この瞬時だけ銃火がとまったということです。
ですが、もっともな反応でしょう。命が風前のか細い灯火になっている者が立場を弁えず、無条件降伏を一方的に勧告するのですから、気がふれたかハッタリと考えるのはしごく真っ当です。
お婆さんの傍らいた他のメキシコ人たちも同様で、状況を忘れ口を開けて彼女を見つめるばかりです。
「ゴンザレス。今言ったことを通訳しなさい。スペイン語でね」と、言ってマイクを手渡しました。彼はお婆さんとは違い、しどろもどろになってしまいました。
お婆さんはマイクを奪い返すと、続いてこう放送しました。
「武装解除と退去に十分間だけ猶予を与えます。悪いことは言わないから、おとなしく退去しなさい。それがあなたたちの身のためです」
ここで彼女は、ずいぶん間をおいてこう付け加えました。
「勧告に応じない場合は、最終攻撃を行います。ここにある戦術核兵器を使用します。スーツケース型核爆弾を二発所有しているので、一発を十分後にきっかりに起爆します。あなたたちは誰一人生き残らない。わたしたちは、頑丈な核シェルターに避難するから無事生き残ります。繰り返します。無条件降伏に応じないなら、十分後に核兵器を起爆させます」
彼女は柔らかい口調に切り替えました。
「核兵器がここにあるか？ この疑うのはもっともです。奇想天外ですからね。
ですが、あるのです。
通称ベンジャミン。あなたはこの作戦を実行する前に、わたしたちのことを詳しく調べたはずです。今年の早春にイギリスのBBC放送が、わたしたちの報道特集をしたことも知っているでしょう。その報道の端緒は、卑劣なクズどもがこの屋敷の中を盗聴して、サリンとか戦術核兵器とかの会話を録音して大騒ぎが持ちあがったことも耳にはいっているでしょう。だから戦術核兵器を隠していることは、世間に知られてします。嘘やハッタリではない。ですから、すぐに武器を置いて立ち去りなさい。それがあなたたちの身のためです。
ベンジャミン。あなたは右腕に、三本の矢に蛇が絡まった絵と、”いとしのジュリエット”と刺青してますね。その”ジュリエット”が、妻か昔の恋人かは知らないけれど、あなたがその若さのまま核爆発で跡形もなく蒸発してしまうような最期を、彼女は望むかしら？ よく考えなさい。ほかの傭兵たちも同じです。ここで生きた証を何一つ残すことなしに、十分後に消滅するつもりですか？ 猶予時間は十分だけです。あなたたちは、キノコ雲をみることなしに消滅します」
ゴンザレスが放送し終わるころになると、間近まで押し寄せた敵はわずかですが動揺していました。半信半疑までは到らないものの、小さな疑問の新芽が頭を覗かせてきます。
それはそうでしょう。これまでの予想外に烈しい戦闘を振り返ると、そうなります。
一民間人が邸宅を要塞のように堅固に改造し、銃器コントロールが厳格な法治国家にあって、有り余る火器弾薬を持ち、重火器まで用意できるものでしょうか。それにプロの兵士が頑強に抵抗した結果などを合わせ考えると、この連中は尋常でないと思い至るからです。ほかに何を匿していてもおかしくない……。
加えて、ベンジャミン側は、急遽多量に集めたために資質と技量、経歴などがさまざまで、路地裏のストリートファイターもどきの者も数多く混じっています。それに、指揮官が部下を完全に把握せず士気も低いのですから、正規軍のような統制と戦意を望めません。ですから密かに戦線を離脱して逃亡する者は一人や二人ではすみません。
お婆さんの周りにあつまってきた険しい目つきのメキシコ人の疑問も同じでした。
『核兵器なんてあるのか？』に尽きます。彼らは何年もこの屋敷に住んでいましたが、通常兵器はともかく核兵器があるような話題も、冗談ひとつもでたことがないのですから。
こうするうちに、手負いの橋本ナナミンがよろめきながら掩蔽壕に入り込んできました。狙撃銃や防弾ベストなどの重量物は捨て、ピストル一丁に手榴弾二つを身に着けただけの状態で。
「ナナミン。昔のツテはまだ残ってる？ 古い職場の人との連絡はまだ続いていない？」と、お婆さんは、ナナミンが最終勧告のことを切り出す前に訊ねました。
（つづきます）
※ 冒頭の画像は、お絵かきAI (Image Creatorで)作製した『戦場のプリマドンナ』の一部分です。せっかくですので全体画像を次に添付しておきます（Microsoftさま、感謝です）。
