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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―43―

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            第 四 章
            王の帰還(3)

 帰宅したお爺さんの二日酔いは少しましになっていましたが、酒に溺れていたあいだに失った影響力パワー・権力の喪失と、桃子襲撃事件というマスコミ報道のを飾った昨日の一連の事件を隠蔽する必要に、いまさらながら頭を痛めていました。
「マスコミ対策は、お嬢さまが『最終計画』のために集めたマスコミ関係者たちがつかえます。国内でトップクラスの人間ばかりです。ソーシャル・ネット・ワーク対策もできます。さらに国内有数の弁護士事務事務所に、不埒な投稿者にあらゆる訴訟をかけさせます。こちらの方はご心配なく」と、天野が強く保証します。
 
「警備は万全か?」
「ゴンザレスやエリカはあと二日もすれば復帰できますが、再度攻撃を、この屋敷をあれ以上のレベルで受ければ心許ない。守備範囲が広すぎる。それに武器が足らない」と、サンチョが珍しく弱気に答えました。
「人が足らないなら、メキシコからまとまった人数を呼べんのか? 武器も一緒に持ち込めばよい」
 言いかえると、メキシコからサンチョやロドリゴらがもと所属した麻薬カクテルの戦闘部隊員を増員する意図です。
 サンチョは暗い表情で首を振りましす。
「この国ですぐに役立つ人材はそう簡単には集まらない。武器弾薬もこの騒ぎが起きてからでは、”輸入”ができなくなる」
 彼が言った武器の”輸入”とは、字義どおりの意味とはまったく違うことは、賢明な諸姉諸兄はごぞんじでしょう。

 お爺さんは長く考え込んだのち「警察庁の宮原へ電話をつなげ」と、天野にボソッと命じました。「この一帯を厳重に警戒をさせるのだ」
「しかし」と、天野が珍しく口答えしそうになりましたが、途中で口をつぐんでしまいます。なにしろ、宮原とは警察庁長官のことですから躊躇しますよね。

 長い呼び出し音と短い通話のあと、天野が電話口を手で覆って伝えました。
「不在のようです。秘書が用件をうけたまわると言っていますが……どうしますか」
 お爺さんは、手を振るばかりです。
「宮原の携帯番号は?」
「教えてくれません」
「次長を出させろ」
「同じく不在で、携帯も教えてくれません」
「ワシの名前を言ったんだろうな」
「もちろん、お聞きのとおり名乗りましたが……。代わりに局長クラスか近畿管区警察局長では、どうでしょうか」
「こんな大事件はそいつらでは対処できない。トップでも調整に時間がかかる」と、お爺さんが苦々しく吐き捨てました。

「国防大臣の浅野につなげ。あいつの携帯電話なら登録してるだろう……。国防軍を一個連隊ほどここに展開させるんだ」
 ……
「呼び出してますが、一向に応答がありません」
「副大臣の山田でもかまわん」
「着信拒否されてしまいました」と、天野が力なく答えます。

「どいつもこいつも、いざという時に役立たずだ。いままでどれだけ世話をしてやった!」お爺さんは机を拳で打ち据えました。あたかも、電話に出なかった者たちが机上に首を出していたいるように……。
「総理か官房長官にもかけてみろ」
「どちらも発信者を確認してから着信拒否されたようです。なんど呼び出しても同じです」

 天野とサンチョは怯えたような眼差しを交わしました。さきほど車中で反旗を翻した有力者が多い、と天野みずからが説明したものの予想以上に劣勢だ、とこの一連の電話で知りました。状況が最悪であることを今更ながら実感してしまったのです。
「誠に言いにくいのですが……。皆さん逃げているようです。事件が余りにも大きすぎたのでしょう」と、天野は口ごもりながら弁解しました。お爺さんが手がつけられなくほど激怒するのを予想して……。
 天野の不安に反して、お爺さんは腕組みをして凝然としたままです。

 開いた窓から押し寄せる油蝉のかまびすしい鳴き声が、一時に途絶えました。吹き込む盛夏の乾いた熱風も凪のように停まります。少なくとも天野とサンチョの二人は、事実はともかくそう知覚しました。
 室内に危険で冷たい比重の沈黙がしばらくつづきます。頭と行動がぶっとんでいるいると評判のサンチョも、この時ばかりは対敵する麻薬マフイア「ガルフ・カルテル」のシカリオ殺し屋に拉致されて拷問部屋へ連れ込まれたようだった、とその恐怖をのちのちに語ったそうです。
 恐怖の沈黙は十分ばかり続いたでしょうか。ようやく彼はこう呟きました。

「桃子と入院している者はすべて退院させてここへ引き取らせろ。ここの方が安全だ。警備をさらに強化しろ。半径二㎞以内に誰も近寄らせるな。まさか自走砲や戦車で攻撃してくることはあるまい。防空にも気を配れ。サンチョ。今の人員でお前が責任をもってなんとかしろ」
 彼は天野に向けて椅子を少し回転させて、続けました。
「すぐに東京へ行く。新幹線とビジネス・ホテルを予約しろ。それと現金だ。向こうですぐに使えるように用意しておけ」
「プライベート・ジェットの方が速く、向こうのマンションに……」

 お爺さんは、ここ数日のことを思い返してしかりました。
「ばかもん。目立ちすぎる。お前とサンチョ、それにロドリゴをなんとか連れてこい。桃子を危険な目に遭わせた奴と恩知らずの連中にタップリ思い知らせてやる。ワシをここまで怒らせたことを後悔させてやる」と、冷然と独り言めいた口調で言いました。

 お爺さんが泥酔の濃霧の底をさまよい歩いていたときは、フィクサーとしての権力を失ってもかまわない、このまま引退して表向きの慈善事業を細々と営むのも悪くはない、と頭の隅で考えていました。しかし、桃子の命が危険に曝されたと聴いた途端、彼の構想は、はかない夜露が曙光しょこうを浴びて失せるように皆無になりました。フィクサーとして黒幕として影の権力を保持し続けなければ、桃子がノーベル物理学賞を獲得する未来どころか、命さえ覚束ないことを、実感したのです。
 桃子の将来ためにもフィクサーとしての影響力パワー・権力を取り戻そう、と決意したのです。そのためには全資産を引き換えにしても善い、と算段しました。
「恥知らずな裏切者たちに、真の権力者が誰であるかをやつらの脳幹にまで届くように刻み込んでやれ!」

 これを聞き終わると天野とサンチョは、昨日から数度目になるのでしょうか脱兎の比喩そのままに部屋を飛び出します。このさき大津波のように必ず襲ってくる新たな困難や事件のことを、しいて考えないように思考を完全に停止させていました。
 ……
 しかし数時間後、桃子が飲料水の自動販売機にヘッドバットをくらわして大出血し、五針も縫うという大怪我をしたことが、お婆さんからお爺さんに運悪く報告されると、二人は、この恐怖の部屋へ呼び戻されました。
「その憎い自動販売機を壊せ! 木っ端微塵にしろ! 形をのこすな。ミリ単位で粉砕しろ! 桃子を傷つけた者の顛末を世間に見せつけるのだ! 周りの自販機もかげ形を残すな!」という、実行はたやすいものの理解不能な命令がありました。

 サンチョをはじめ邸内の主な者がすぐに実行したことはい言うもありませんが。とりわけ「パワー・ショベル」が口癖の元気なお兄さんが、パワー・ショベルのブーム・アームを思い切り振り回して自動販売機を根こそぎに叩きこわし、そのあと無限軌道で破片をまっ平に踏み潰しましたということです。
 なお余談の裏話ですが、お爺さんの命令が跡形もなくすることだったので、ヒロコーが踏み潰された破片をハンマーとたがねで一つずつ丹念に砕いた、ということを付け加えておきます。
 
  (つづきます)

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