MIMMIのサーガあるいは年代記 ―57―
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第 四 章
大禍時の交戦(2)
引き続き、『稲生家日次記』から、蛸薬師小路邸をめぐる武装集団との攻防の様子を引用していきます。退屈かもしれませんがぜひとも御海容くださいませ。なお、< >内書きは引用者注ですので、もう一度申し添えます。
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奇襲をうけた蛸薬師小路側はゴンザレスが直ちに総員戦闘配置を発令し、予め立てていた作戦どおり、電子・情報戦にはいった。
武装集団側の電波妨害にはこれまで敢えて対抗せずにいたのだが、戦闘開始とともに、各種電子通信兵器の能力を最大限にあげて対抗した。
敵の監視・着弾観測用小型ドローンへのジャミングとGPS妨害電波の発信、対迫砲レーダーの作動、敵隊内通信網へのジャミング、襲撃側妨害電波を上回る高出力と発信周波数の無作為変更による通信網の確保などを定石どおり行った。
とりわけ隠し球として電子戦で威力を発揮したのが、蛸薬師小路邸からトンネルとケーブルで繋がった二㎞北の食品加工工場に設置したアンテナとレーダー群、それに高出力の電源である。さらに言えば、蛸薬師小路邸の強力な非常用発電機も寄与したことはいうまでもない。
事物の輪郭が曖昧になり、魔物と人間も溶け合う大禍時は過ぎて闇夜である。
ゴンザレスたちは電子戦の開始とともに、襲撃側の監視偵察用小型ドローン数機を、電波妨害により制御を失わせ墜落させた。しかし迫撃砲の着弾は増してゆき、目標を司令棟や事業棟などの建物周辺に移した。敵の迫撃砲弾の弾数は尽きることがないようだった。
対迫砲レーダにより敵の迫撃砲発射地点と門数を正確に特定したが、むかいの丘陵の裏側を見通せないので反撃できなかった。九二式歩兵砲が残存していれば丘陵を越える曲射をして、敵迫撃砲を一門ずつ破壊していくこともできたが、同歩兵砲は初撃で機能を失っている。
その代わりに、蛸薬師小路側では監視偵察用小型ドローンを複数発進させ丘陵の陰の敵の散開状態を偵察し、ついで自爆ドローンで迫撃砲と発電機の破壊を図ったが、敵側の対ドローン機銃により簡単に排除されてしまった。
砲撃の勢いが衰えない迫撃砲を、どうしても沈黙させる必要があった。たとえ砲身を破壊できなくとも、照準器や水準器、あるいは砲脚を破損すれば迫撃砲の機能を奪えるから、積載重量の小さい自爆ドローンで足りる。そして電子戦で敵の通信機能を完全に奪っているこの時しかチャンスはなかった。
お婆さんが、自爆ドローンの運用方法の変更を命じた。
攻撃目標を絞れ、飽和攻撃にしろ、と。
具体的には、攻撃目標を迫撃砲だけに絞り、自爆ドローン残数全部で、同時多方向からの一斉攻撃する作戦である。この新しい攻ドローン運用方法によって飽和攻撃となり、敵の対ドローン機銃も十分に追従できなだろう、と予想したのである。
全数といっても十二機しか残っていなかった。加えて、十二機を同時にコントロールするオペレーターが足らないから、ほとんどの機数を自律飛行に変更する必要が生じる。自律飛行には、目標座標と飛行経路、それに肝心の同時攻撃時刻の調整などを、一機ごとに異なるプログラムをする必要だった。
<後で確認したところ、ゴンザレスは40㎜M320グレネードランチャーによる丘越えの間接射撃という奇手も浮かんだが、今まで訓練したことがなかったので、必中に自信がなかったということです>
「南西方向、敵散兵……数……約五十接近中」
赤外線暗視装置で屋外を監視していたメキシコ人が注意をうながした。ゴンザレスは照明弾の発射をすぐさま命じた。敵兵の暗視装置を露出オーバーにして視覚を一時的に失わせるためだった。
<桃子とエリカが、捕虜ヒョードル・アンドロヴィッチ・ザハロフの尋問を終え、地下防空壕へ塹壕の底を這い進んだのはこの頃でした>
ゴンザレスは、照明弾についで煙幕を展張させた。発煙筒、発煙手榴弾を司令棟周辺に撒き散らかせたのである。これは、押し寄せる敵散兵に備えて戦闘員が塹壕や銃座に移動するのを隠蔽するためであった。
ガルシアと橋本ナナミンは、狙撃銃を執ってそれぞれに行動した。
狙撃地点を特定されるのを避けるため、狙撃は必中の一発一カ所のみですぐさま移動し、部屋中央からの発射のみで窓には近寄らないことが当然の前提であったので、発砲数が疎らでインターバルが長くなり、射角も狭く限定されていた。
南西方向から押し寄せる約五十の敵に立ち向かうのは、六名のみだった。ゴンザレスは南西方面からのこの攻撃は陽動だと判断していたので、六名だけで応戦させたのである。
防戦要員はほかに、東側の崖上で配置についている四名。
<エリカがこの四人の中に含まれていました>
正面の正門付近の塹壕に四名。司令棟で電子戦のオペレーターについている者が四名。この四名がここで拘束されているのは無駄のように見えるが、襲撃部隊の対電子戦に対抗するにはAIだけでは不可能だからである。敵の指揮系超短波通信や携帯電話を妨害する必要があった。
指揮を執るゴンザレスをのぞくと残りは、三名。このたった三名が総予備兵力なのである。
<兵力の圧倒的不足には目を覆いたくなります>
南西方向からの散兵の攻撃は緩慢であった。
東側の崖上で配置についているエリカが、このとき東正面からの敵の接近を報告した。赤外線暗視装置の映像から、その数を三十と目算した。高低差が大きい崖で遮られているという地の利があったとしても、この方面も約十倍の敵に当たることになるのである。
エリカたち四名は、敵を思い切り引きつけ40㎜M320グレネードランチャーとシグ・ザウエル製6.8mmM250機関銃などで攻撃し、敵はRPG榴弾とアサルトライフルで応戦した。敵の迫撃砲弾はエリカたちの背後の司令棟が遮って死角にはいるので心配なかったが、眼前の敵は多すぎた。
自動火器と弾薬は、司令棟に豊富に備蓄していたが、最前線のこの塹壕に運ぶ兵力が皆無だったから、銃側と各自が携行する弾薬しかない。弾薬が早く尽きることは明白であったが、エリカたちは激しく射撃するしか術がない。
敵の砲撃は、正門付近と南門付近に移動していった。
ゴンザレスは自爆小型ドローンのプログラム変更をオペレーターに急きたてた。
お婆さんとゴンザレスは、この切羽詰まった劣勢にあっても至って冷静であった。まだ最悪な状態には陥っていない、と確信していたからだった。
お婆さんなどは、男扇子でたゆげに扇いでいる。
自爆ドローンの攻撃準備が完了する前に、正門に通じるゆるやかな坂道に二輌のワゴン車が登ってきた。先頭車両は、ガルシアがアンチ・マテリアルライフルの12.7mm徹甲弾を運転席に命中させた。しかし停車せず爆発炎上する。遠隔操作の自爆自動車で、敵は正門付近の防護を突破する企図だった。
二輌目が接近する。五十メートル後方には、第二陣の六輌が併走して登ってくる。第二輌目が小爆発を起こし僅かに持ち上がるように見えたが、傾きながら三メートルほど進み、大きな二次爆発が起きる。応急に設置した対人・散布地雷を踏み搭載の爆薬に引火した結果である。正門への突入は防げたものの、まわりの散布地雷を爆風で吹き飛ばし、塀の外周を囲む二重の金網の支柱と有刺鉄線の一部を破壊した。
<このころ、桃子の依頼をうけた源さんが、お婆さんと面談しました>
狙撃地点が暴露する危険を無視して、ガルシアは司令棟二階の一室から、併走してくるワゴン車に連射した。正門を爆破されると敵は外壁防御網の内側へ侵入し、敵味方入り乱れた混戦に陥り兵力に劣る蛸薬師小路側は一層不利になってしまう。
彼は、二発を撃ち終えるとライフルを据え置いたまま、廊下へ神速の勢いで飛び出した。案の定、大口径12.7mmの発砲炎が室内を照らし出した直後、銃撃が集中しRPG41のサーモバリック弾頭二発が狭い室内を超高温・高圧で埋め尽くし、空けた空間を求める超高温と高圧が廊下を容赦なく駈け抜けた。廊下の土嚢壁の裏へ頭から飛び込んだガルシアは、身体表面五十%という重度の火傷と鎖骨、肋骨三本及び左腕骨折、右鼓膜裂傷という重傷を負い、窒息状態で失神した。
……
「E・ワンからF・ワンへ。正面の状況を知らせよ。オーバー」
東側を守るエリカから、ゴンザレスへ隊内無線で問い合わせてきた。自爆車輌の大きな爆発音、司令棟へのサーモバリック弾の攻撃に、彼女の危機感が煽られて戦況説明を求めた。
なお、東方面の守備隊はE、正門はG、南西方面はS。司令棟中枢はFの略号である。遊撃狙撃のガルシアはM・ワン、ナナミンはM・ツーの呼出符号である。余談ながら、マイクの呼出符号はアメリカ独立戦争のミニットマンからとっていた。
ゴンザレスはエリカに、正門付近と南西方面の戦況概略を返信し終えると、あらためて全部隊を呼び出し状況を報告させた。ただ、M・ワンことガルシアからは返信がない。先ほどの司令棟二階へのサーモバリック弾の命中と考え合わせ不安がよぎり、予備兵力として敵の監視をしている一名にガルシアの安否確認を命じた。
……
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ここで襲撃した武装集団の内部事情にも触れておきましょう。
『稲生家日次記』には、武装集団指揮官であるベンジャミンの供述が載せられています。
この部分は、どうみても捜査機関が録取した供述調書からの要約か抜粋の可能性が高いようです。しかし公式発表では彼は、逮捕はおろか名前すら言及されていませんが、この供述内容は、わたしたちが知る蛸薬師小路家側の情報に細部にまで合致し、また第三者には知り得ない秘密の暴露も含まれていました。ほぼ真実を述べているのではないでしょうか。
事実と齟齬のある数カ所は、ベンジャミン自身の誤解、錯誤あるいは伝聞が含まれているからではないでしょうか。つまり、提供者不明の機密資料と言ってもいいのではないでしょうか。この点が『稲生家日次記』の価値のあるところです。
蛸薬師小路側の不利な戦況を追っている途中ですが、襲撃側も決して万全ではなかったという点を指摘するため、ベンジャミンの供述を引用しておきます。なお彼は、出身、国籍、経歴、本名、『ヴィヴァルディ』との関係などについても詳しく供述していますが、戦況と直接関係ないので割愛しています。また彼の名前も、これまで頻出してきた偽名『ベンジャミン』を便宜上使います。
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【ベンジャミンの供述概要】
いわゆる武装集団の現場最高指揮官であるわたしベンジャミンことジョセフ・イワノフ・ロダム=スミスⅢ世は、蛸薬師小路邸への攻撃にはあまり気乗りしなかった。
実行したくなかった。リスクの高さというよりも不可能と考えた。成功するためには少なくとも大隊規模以上の兵力、重火器、多数の車輌、その他諸々の装備を準備、移動させなければならない。副官、情報、通信、作戦などの幕僚たちからなる指揮班、予備兵力として一個中隊、予定戦場付近の交通・通信遮断要員、撤収脱出のための要員も不可欠である。これらの前提として、傭兵募集と訓練に最低三ヶ月が必要となる。
まとまった中隊規模程度の武装集団の国内移動はすぐに発覚する。攻撃前に、警察、国軍が出動してくるはずである。
重武装中隊規模による民間人への攻撃は、国家への武力行使にほかならないから、戦車、装甲車を先頭にたて、空からの支援を受ける一個連隊ほどに包囲殲滅されかねない。間違いなく失敗する。第一、撤収方法が見当たらない。このオファーは当然拒絶すべきものであった。
この急なオファーには、莫大な報酬が提示された。さらに念を入れたのか、『ヴィヴァルディ』の関連企業である『Y』からはわたしの老母と身体障害を負っている一人娘の安全に、それとなく言及する脅迫もあった。一人では生きていけない愛娘を孤児にすることはできないし、老母には天寿をまっとうさせてやりたい。
わたしは断れなかったので、しぶしぶ、成功確実な事前準備と兵力の確保、作戦の立案を目指した、が、やはり事前準備も完璧にいかなかった。準備期間が不足した。
心残りといえばこの一点である。
この国内での一連の戦闘行為を、最初から経緯をのべる。
当初、『Y』社から幾重ものパイプカットを通して秘匿電子メールで受けた指示内容は、蛸薬師小路桃子の拉致であった。七月十日早朝のことだった。
すでに経歴で述べたように、傭兵稼業が長いわたしは、簡単そうに思えるこの任務も慎重に作戦立案した。使い捨ての素人民間人による陽動攻撃と、本来の待ち伏せ場所への誘引。……ほんの五分で片づくはずだった。
しかし、オフィーリアら三人娘と護衛のメキシコ人「シカリオ(sicario)」(注1)たちにより、あっさりと待ち伏せ部隊は全滅した。
失敗の理由は、護衛が想定以上に練度が高く、武装も銃器の個人所有が厳格なこの国内においては想像できない火力を準備していたのが理由である。わたしは、護衛たちの武装火器は、猟銃一挺程度に違法所有の旧式レボルバー拳銃数丁もあれば最大だと予想していた。
それに加えて、付随的目的として命じられた、蛸薬師小路の私兵というべきメキシコ人二十人あまりの無力化も容易と判断し、桃子の拉致後、見通しの良い広闊地におびき出し、そこで包囲殲滅する作戦を立てていた。
ところが桃子の機転により、防御に有利な小丘陵へ逆に誘き出されて、強固な反撃にあった。グレネードランチャー、アサルトライフル、サブマシンガンに各種手榴弾、オートマチック拳銃、ボディアーマー、ヘルメットなど。それも最新式なものばかりだった。あまつさえ最新式スティンガーミサイルまでも備えていた。
わたしははここで手持ちの全兵力、装備を投入した。力押しで桃子とその護衛は殲滅できると確信していた。
自軍の損害を無視してあと一歩というところで、蛸薬師小路邸からメキシコ人の援軍が到着して、逆に片翼包囲されてしまった。メキシコ人たちは、旧式ながら山砲まで引き出してきた。あとは崩壊だった。わたしは、部下の犠牲と、メキシコ人の少人数による疎らな包囲網につけ込み、なんとか逃げ延びた。
アメリカ合衆国大統領のシークレットサービス警護隊すら、常時ここまで武装していない。ある意味、蛸薬師小路家兵力は少ないながら、この国の国家内国家の半独立勢力か軍閥である、と真の姿を理解した。
ところが『Y』社は脅しすかして、二度目の命令を下してきた。これが七月二十四日午前四時頃だった。内容は、蛸薬師小路の族滅であり、邸宅への総攻撃だった。もちろんわたしは拒抗した。が、そこまでだった。
(稲生家日次記からの引用が続きます)
※ 冒頭画像は、米海兵隊公式ホームページより引用(部分)
戦闘ロジスティクスA中隊の夜間演習の情景 M240B機関銃の射撃
(注1)「シカリオ(sicario)」 スペイン語 暗殺者、殺し屋
映画「ボーダーラーン」(邦題)の原題ですね。
蛇足ですが、主演女優のエネミー・ブラントはいい演技をしてますね。名優です。
彼女、アン・アサウェイ主演の「プラダを着た悪魔」ではガチガチの型に嵌まった脇役と演技をさせられていて残念に思いました。後年の彼女なら出演拒否するレベルですよね。脚本家が悪いんでしょうね。きっと、あとプロダクションも監督も。