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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―44―

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         第 四 章
        王の帰還(4)
        ー『黒い羊』ー

「期限は今日から四日間。四日で必要なあらゆる情報を集めろ」と、お爺さんが低い声で天野たちに命じました。ここは東京のありふれたビジネスホテルの狭い一室です。

 奈良にいては糞壺くそつぼに落ち込んだような苦境からい出すことができないと考えぬいて、天野、ロドリゴとサンチョを引き連れて権力、権威の中枢へ上京したのです。
 一行は、密かに邸宅を抜け出し、新大阪に向かいました。八尾空港に駐機しているプライベートジェットを用いることもなく、橿原市に完成して間もない手近な新奈良駅からリニア中央新幹線に乗るでもなく、京都から在来新幹線で東京に向かいました。速度よりも人混みに紛れ込み、彼が恩知らずと罵倒する政財官界の大物たちやマスコミに行動をしられることなく、不意打ちの謀略をくらわすための密かな上京です。

 マスコミや政財界の大物の目からその身を逸らすだけでなく、つねづね彼の挙動を監視している、警察や国税庁の内偵班の尾行から逃れる必要もありました。
 彼の動向が警察や国税庁から、“恩知らずな連中”にたちまち流れることも充分あります。ほかならぬお爺さんが、まさにこの方法で情報を入手したことがあったからです。
 上京を完全に秘匿ひとくするために、出立する時から煩雑な手順を彼らは踏みました。まず蛸薬師小路たこやくしこうじ邸の本館地下から、邸宅背後の丘陵を貫ぬいているトンネルを使いました。トンネルの出口は三㎞先の鉄塀で囲われたヤードの中です。

 このヤードの外壁には、"MoMo’S Foods合資会社"という食品加工会社の看板があがっていますが、正面ゲートから敷地をのぞき込んだことのある地元民はいません。トンネルの出口になっている工場から冷蔵用トラックの荷台に乗り込むと、JR京都駅に向かいました。もちろん冷蔵用トラックは本物ではなく、窓のない内部は移動に快適な環境に改造してあることは、念押しするまでもないでしょう。
 こういう小細工をして、京都は山科近郊のまた別会社の工場ヤードにすべり込みました。さすがに京都駅八条口にトラックを乗りつけ、冷蔵庫から四人がぞろぞろ降りるのは、人目を引きすぎますからね。

 さらに、公共交通機関の結節点に、備え付けられた様々の種類、角度の監視カメラに個別識別されないよう、帽子とサングラス、顔下半分を蔽う大きなマスクはもちろんのこと、耳朶と頸筋を隠すためにウィッグを付けるなど、真夏のなか汗みどろの努力をしました。このほかにも先々でさまざまな小細工をして、わらを隠すなら藁山《わらやま》の中という|諺ことわざそのままに、群衆に紛れ込んだのでした。

 東京では彼が所有する六本木のマンションでも、五つ星の高級ホテルでもなく、場末のありふれたビジネスホテルに止宿したことは言うまでもありません。彼らは着くと、シャワーで汗と埃を流すことも旅装を解くこともなく、すぐさまお爺さんの部屋に駆けつけました。けた西陽にしひが、ホテルの空調能力を嘲笑する、忌々しい一室です。

 お爺さんは一つしかない椅子に座り、備え付けの小さな机に向かっています。天野とサンチョは壁や小さな冷蔵庫の扉に身を任せて、メモ帳を広げ、松葉杖を放り出したロドリゴは、ベッドの上で片足を投げ出していました。
 お爺さんは何の前置きもなく、冒頭の命令だけを切り出しました。

「この情報を元にして、奴らに反撃を始める。ワシがひとりでほとんどする。だから四日間の調査結果がすべてを左右すると心してくれ。……ロドリゴは調査後すぐにアメリカへ旅立て。次に海外工作に移るからな。国内の第一弾を終えたらワシもあとを追う。それから、天野。国内の用事が終わったら奈良へ帰り、通常業務に復帰し、取り仕切れ。桃子を護れ。サンチョは、主にワシの身辺護衛をおもに委せる」

 彼は一息にこう言ったあと、黄色いレターサイズのリーガルパッドを鞄から取り出し、役割分担の概略とタイムテーブル、謀略をしかけて失脚させる政財官界の要人の名前とその方法を殴り書きしました。それは裏表六枚におよびました。
「メモはとるな。頭に刻み込め」紙の束が三人の手元を巡る様子と一人一人の表情を疑り深く観察し、彼らの心のうちを推し量っていました。紙束が戻ってくると、細かく破り、天野に火災警報器を壊させてから洗面台で焼き捨てました。

「さあ! 働け。急げ!」とだけ号令すると、三人はぶつかり合ったりつまずいたりして部屋を飛び出しましたとさ。
 
  (つづく)

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