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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―49―

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  第 四 章
  王の帰還(9)
  小さな小さな慰めの報酬

 桃子はお婆さんについて、土嚢どのうの壁をめぐらせたテントに戻りかけます。
 ナナミンとエリカの会話が、このように断片的に耳にとどきました。
「スマホのGPS表示がおかしい。現在地が北へ六㎞ほどずれてる。見て、……今度は西へ三百メートルくらい。ころころ変わる」
「GPSにもジャマ―妨害電波がけられたってわけ?」ナナミンが自分のスマホ画面を傾けながら問います。
「どういうこと? ゴンザレス、説明して」と、お婆さんが厳しい口調で尋ねました。

 桃子と言えば、お婆さんの話を聞いて、エリカとナナミンに顔を合わせるのが気まずく、また涙の跡を知られるも避けたかったので、ひたすらお婆さんのうしろに潜んでいました。
 いつも元気で明るい桃子と様子が違うことは、かたわらの人たちにすぐ察せられ、その原因を詮索されるのも致し方ないと、彼女は諦めていました。ただ、ついさっき防御態勢をゴンザレスに頭ごなしに批判した手前、最新の状況を耳に入れておく必要があったので、黙って聞き耳をたてました。

「新しくGPSの受信電波のジャマ―がかけられたようです。妨害範囲は二㎞くらい以内だと思いますが、GPS利用自律型ドローンによる偵察が使えなくなってしまいます。操縦不能です」ゴンザレスが、テントの下で長机に並べているディスプレーの真っ黒な画像をを指さしました。
「それでなくても人手が足りないのに……どうするの?」
「とりあえず、双眼鏡による目視監視と地上のあちこちに隠した監視カメラで対応します。監視カメラは有線ですからジャミングには無事です」

「ほかに問題は?」
「この闘いは、なかば電子戦になりそうです。レーダーも短・中波通信も妨害を受けていますが、いまこちらが対電子戦を始めれば、能力と手の内をさらす羽目になってしまいます。ジャマ―の発信源は逆探知していますが、戦闘即応状態のまま敵の出方をみるしかないでしょう。これは苦しいですね」

「戦闘態勢は?」
「前にも説明したとおり、防御範囲の割に人数が足りません。RPG、ジャベリンやスティンガー、それと銃弾は豊富です。ツングースカの三五㎜砲弾なんか、銃身交換が必要になるほどあります。ですが……肝心のMP-8、M4カービンなど銃器をこの前の戦闘で現場に捨てたので、数がギリギリです」

「ほかに敵の動きは? 警察情報は?」
 彼は応える前に、テントの下でヘッドホーンをかけて警察無線を傍受解読している、事業棟から急遽駆り出された投資アナリストに聞き耳を立てる仕草で尋ねます。アナリストは手を横にふりました。
「新しい情報はありません。二十分前と変わりません。つまり……警察の臨時検問所を襲った武装グループはどこかへ撤退しています。その代わり関東の警察施設が二カ所、武装グループの攻撃を受けたようですが、警察も被害や攻撃グループの人数などを正確に把握していないようです」

「困ったわね。予想を大きく超えた規模になってる。全国レベル、対国家レベルで牽制、陽動なのかしら……。これはもう宣戦布告じゃないの?」
「陽動の可能性は十分あります」とゴンザレスは同意したものの、宣戦布告については、メキシコ麻薬戦争の只中でメキシコ軍や警察にさんざん攻撃をしかけた彼にとってはどうでもいいことでした。

 お婆さんは腕組みをしてしばらく考え込みます。
「従業員はすべて地下防空壕にすぐ避難させて。この屋上にいる従業員も避難させるのよ。いますぐ。この屋上は最小の監視を残して、全員ビルの中に降りて立て籠もる。……そして……、防衛線を縮小して、一番外の外壁からこのビルに下げる」
「でもそれでは……」と、ゴンザレスが当惑げに反対しました。

「地下防空壕とこのビルの一郭だけが残ればいいの。ほかの建物や壁なんか壊れても建て替えれば済むもの。地下防空壕は核シェルター仕様だから、外から無理に入り込めない。このビルだけに防御兵力を集中すれば、この人数でも粘りきれるわよ、あなたたちを信じているから。……それと地雷を正門、南北の裏門周辺にもばら撒いて。この屋敷を完全に孤立させるの」と、お婆さんが考えを述べました。

 ゴンザレスはこの指示の内容を軍事的に吟味しているようでしたが、ナナミンが横から口を挟みます。
「わたしたちの強みは、九二式歩兵砲とツングースカによる対空、対地上火力ですよ。この二つはここまでさげたら運用上意味がなくなってしまいます。これだけは移動しないでください」
 これは多分、広い射界の確保と、歩兵砲で事前に標定した諸元が無駄になるという指摘でしょう。

「それはそうね。いまの位置のまま。しかし、配置人数は最小限にして、掩蔽壕えんぺいごう蛸壺たこつぼを丹念に掘って防護して」
 横で聞いていた桃子にとっても、お婆さんの作戦に誤りはないように思えました。それよりも、自分で元文学少女と口走ったのに、こんな軍事知識をどこで学んだんだろうと、この危機のさなかに疑問がわいていました。

「敵の襲撃予想時刻は?」
「白昼の堂々の攻撃はないと思うので、今日の深夜から明日の明け方の間です。薄暮はくぼ奇襲なら、今の時刻に少なくとも攻撃準備を整えて、攻撃発起点に潜んでいる筈ですが、その兆候はまったくありません」
「そうよね。いまのうちに休息、仮眠をとっておいて」
 
 ゴンザレスたちはお婆さんの一連の指示はこれで終わったものと考えて、ビルの中へおりる用意を始めかけると、お婆さんは思い出したように付け加えました。

「桃子に武器を絶対に渡さないで。誰でも、桃子に渡したらただでおかない。桃子、あなたは地下防空壕で大人しくしているのよ。だから桃子の警護は、エリカ一人でナナミンにはわたしたちと防御に加わってもらう。それと、従業員の避難誘導は、ヒロコーに任せます。もう一つ大事なことも決めました。ヒロコーはこの前『走れメロス』のような活躍をしたから、特別昇給と、臨時ボーナス、それと正門ほか各門警備の最高責任者にすることに決めました。がんばってヒロコー」

 最後のヒロコーの昇給と昇進のくだりを聴くと、テントの奥で低いうなり声が聞こえました。
 『迷惑もハローワークもあるかい』が口癖の元気なお兄さんが、あげた声でした。はるか後輩のヒロコーが、上司になってしまったのです。

 ヒロコー本人は何かの機器の画面を注視していたのですが、喜ぶどころか頭をかかえました。この呪われた屋敷からなんとか逃げだそうと密かに企んでいたのですが、これまで以上に泥沼に深くはまっていまったのですから。昇級もボーナスも嬉しくなく、命と体が大事なのです。
 彼も、元上司と同じようなうなり声をあげていました。

「凄いじゃない(ハート)」と橋本七海ことナナミンが声をあげたのが、いささかの慰めになりました。未だ彼は、ナナミンに未練があったのです。
 この小さな小さな慰めの報酬は果たしてどうなるのでしょうか。

 桃子は、二人のやりとりに可笑しくなって、麦藁帽子むぎわらぼうしの下で久々に微苦笑びくしょうをしてしまいました、とさ。

  (つづく)

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