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MIMMIのサーガあるいは年代記 ―60―

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           第 四 章
        -シカリオたちのタンゴ-

「クソくらえだ、恐怖とか、執念とか。運命は情け容赦がない」映画『ダンケルク』より

 これまで攻撃側の事情を長々と述べてしまいましたが、これも桃子をとりまく事情が絶望的に不利なのを明かしたいためだったのです。が、必要以上に遠回りしてしまい後悔しております。
 ということで、本筋に立ち戻り蛸薬師小路邸内の状況です。たしか呼出符牒マイク・ワンことガルシアが、狙撃中にRPG-41のサーモバリック弾の至近弾をくらい瀕死の重傷を負ったところでした。No.57の後半部分ですね。

 ゴンザレスが様子を見に行かせたメキシコ人が、ガルシアを肩に背負って戻り、床に横たえました。ゴンザレスとお婆さんが駆けよって負傷具合を確認します。
 ゴンザレスは、「チッ」と舌打ちしただけです。が、それがすべてを物語っていました。
 お婆さんの同じ見立てで、瀕死だと顔を曇らしました。
「急いで応急措置をして、それから地下のパニックルームへ移して、さあ早く」とだけ彼を担いできたメキシコ人に命じました。時折銃弾が飛び込み跳弾となって部屋中を跳びまわるこの状況では、満足な応急措置など不可能なのです。たとえ平時であっても、ゴンザレスの重傷を手当てできる救急医療資材も医療技術もここにはないのですから(衛生兵役のメキシコ人は正門付近の防御に就いていた)。病院へ救急搬送するしかありません。

「死んでは駄目。しつこく生きのびるの。戦線を縮小して後退してもかまわない。ゴンザレス、みんなに伝えて」こう言い置くと彼女は、姿勢を低くして窓に近寄り、正門と南西方向の門の戦況を注視しました。
 どちらの味方も確実に反撃して、敵歩兵と遠隔操作自爆車輌の前進を妨げています。ときに破壊口から入り込む敵歩兵は、短い連射で確実に倒されていました。
「危ないわね。ゴンザレス、あれを使いましょう。手遅れになってしまう」
「でも、あれは最終の重火器ですから……それに操作に一人とられてしまう」
「わたしが、オペレータになる。操作方法のあらましを教えて」

 二人が「あれ」とか「最終の重火器」と言い交わしたのは、丘陵の両端に隠しているロシア製有効射程四㎞のZU-23-2(注)。23mm連装機関砲二基のことです。中東の時事ニュースなどで、TOYOTAのハーフトラックの荷台に載せているをご覧になった方も多いでしょう。
 これを砲塔型で地下から地上に昇降できるように改造し、ここから二門を遠隔操作できるのです。
 この機関砲も対空自走砲ツングースカと同様、旧ソ連の兵器で中東やスタン諸国に出回っているものを買い取り、例によってサンチョか改造しました。遠隔操作で、照準、発射などがモニター画面を見ながら可能です。

 23mm四門の集中射撃は大きな火力で、まともな塹壕も蛸壺も掘っていない敵兵にとっては致命的脅威になり、命中しなくても十分に攻撃を控えさせます。ただし、給弾をこの銃火の下ですることができず、要員も足りないために、装填済砲弾を撃ち尽くせばあとは単なる金属の固まりです。
 ちなみに装填弾数は、一門ごとに八百発。ほんの数十秒だけの連続射撃です。まあ、八百発も連続射撃したら弾が無くなる前に砲身が過熱して使えなくなってしまうのは、ミリオタ界隈の方たちの常識でしょう。

 ゴンザレスがコンソロールに向かい、二つの砲塔を露見させ、射撃準備まで済ませたあと、お婆さんが操作して正門のずっと遠くに停車している数車輌に向かって、短く、ほんの0.三秒ほど引き金をひきました。目標を移して、再び短い連射。
 自爆攻撃用に改造された車輌が爆発し、命中しなかった近くの車輌も誘爆しました。この予期しない大爆発で、敵味方の銃撃がいったん止みました。彼女は、砲塔を南西方向に転じ、門に向かっている自爆車輌を一撃で破壊しました。まだ自爆車輌は残っていますが、壁の死角に隠れていて射通せません。しかたなく彼女は、敵歩兵が伏せていると思われる正門正面と南西門付近の起伏を、記憶を辿りながら縦方向に二連射しました。

「奥さま、射撃スピードを切り替えて遅くしてください。弾がもちません。その前に銃身が焼け付いてしまう」
 敵の銃撃も一時的に頓挫したため、彼女はゴンザレスに従いました。ただし、次の目標に向けて砲塔を廻していました。エリカたちが防御している東側崖向こうの敵に向けて。
エコー・ワン、エコー・ワン、こちらホテル。敵の位置を知らせ。繰り返す、エコー・ワン、敵の位置を知らせなさい」極超短波無線でエリカに尋ねました。ホテルはお婆さんの呼出符牒(ヘッド・クオーターのH)です。
エリカは、スイッチ・クリックを二回繰り返して返信したのち、照明弾を打ち上げ薄闇を切り裂きました。

 短く三連射すると敵歩兵の射撃が停まりました。戦果を確認することなく砲身を転じて次の標的にむけます。ですが、一基しか発射できません。ついで司令棟が爆音と爆風に覆われ、爆風が室内まで叩きつけました。敵迫撃砲が砲塔に命中したようです。
「ここは危険すぎる。奥さま、地下のパニック・ルームに降りてください」 ゴンザレスが彼女に覆い被さり、爆音に対抗するような大声で叫びました。
「ここに残る。あなたたちと一緒にいる」
「無茶なことは言わないで」

 二人がこう言い交わしている間に敵の集中射撃は、残ったもう一基の砲塔へ移動し、これで「最終の重火器」も無力化してしまいました。残弾が各門とも二百発程度あったにも拘わらず……。
 なお砲塔といっても、第二次世界大戦型の戦艦や重巡洋艦のような厚い装甲があるのではなく、単に発射の爆風避け程度の薄いものでしたから、しかたのないことでしょう。

「迫撃砲攻撃用の自爆ドローンのプログラミングはまだ終わらないの?」
「もうすこし」彼はこう返事してから、ヘルメットに着けたマイクに向かって言いました。
マイク・ツー、こちらフォックスロット・ワン。聞こえるか。モーターの観測・着弾誘導兵が見通せるところにいる。すぐに無力化しろ。いそげ。……フォックスロット・ワンから全員へ、敵の観測・着弾誘導を発見して攻撃しろ!」
 橋本ナナミンからもメキシコ人からも受信確認の返信がありましたが、目標を発見したとも射殺したとの報告がありません。

 一方で、迫撃砲の集中射撃は司令棟付近に移動してきました。だれもが床面に伏せ、爆風避けに積んだ土嚢壁の裏に這っています。
「近い!」「危ない」などとこの部屋のメキシコ人たちが口々に喚きます。
 案の定、一階下の右斜め下の窓枠に着弾しました。次の一発はさらにその右隣の壁面です。曲射弾道の迫撃砲としては信じられないくらいの砲撃精度でした。

 だれかが、「精密誘導の迫撃砲弾を持っていやがった。クソッ!」と罵ります。まあ、初撃の九二式歩兵砲とツングースカへの命中時も、精密射撃砲弾を使用していたのですが、攻撃を受け側には冷静に判断できないので、このような戦況、戦術、武器などについての間違いや誤解、齟齬などは多いものです。
「砲弾誘導の周波数がわからねえ。ズベタ女郎どもが!」腹ばいになってノートPCの画面を覗き込んでいた他の一人も続きます。砲撃誘導電波をジャミングしようとしていたのでしょう。
「あんな高価な弾なんて、そうふんだんに買えねえよ。クソッタレには違えねえがな」と、もう一人から投げやりな悪態がでました

「こちらマイク・ツー、マイク・ツーから全員へ。全員へ。砲撃着弾誘導兵らしきグループを発見。だが、暗視スコープでは精密狙撃ができない。稜線に頭を出している阿呆どもを、照明弾で浮き上がらせて。方位は……ミル、距離五百二十くらい。丘陵の向こう側で発火するよう工夫して。五秒で全員地獄のクソ壺にたたき込んでやる」
 ナナミンには珍しく下品な表現です。

 照明弾が一発、斜めに撃ち上がり、稜線の向こうで発火し、敵観測兵の影が浮かび上がります。橋本ナナミンは公言どおり、四秒で三人を射殺しました。しかし、迫撃砲の精密射撃はやや精度がおちたものの、ほぼ正確に司令棟の各階各室に着弾してゆきます。あらかじめ目標を精密に標定し終えていたので、着弾誘導員がなくても、ほぼ正確に砲撃できたのでしょう。

 ですが続いて、RPG-41のサーモバリック弾が真下の部屋の中に着弾し、室内を高熱の塊に変えました。引き続きその北隣の部屋へ……。
「RPGを潰せ!」と、ゴンザレスがマイクに向かって叫びます。言い終わらないうちに。味方の塹壕から重機関銃がすでに目星をつけていた地点に、集中射撃を加えています。
「下の階へ急げ。手に持てるだけのIT機器は持って行け!」、「奥さま、早く!」と、立て続けに下命しましたが、お婆さんだけはそれが意味するところを理解できません。
 ケーブルを腕に巻きノートPC二台を脇に抱え込んだメキシコ人二人に、彼女は両側から持ち上げられ、廊下に連れ出されました。

 お婆さん以外の誰もが知っていました。敵のサーモバリック弾は司令棟の各部屋を順番に虱潰しに狙っていること、を。つまり、一度着弾した下階ならば、しばらく死を免れることも。

 お婆さんの片方の腕をつかんで引きずったメキシコ人のひとりが、「クソくらえ! プログラム変更が終わりやがった。おぼえてろ、へなちょこモーターども悪魔の聖別をくらえ!」こう静かに呟き、ゴンザレスの許諾や命令も確かめず、屋上隅と丘陵南のやしろあたりに隠していた、残りすべてのドローンを同時に発射しました。
 火薬式カタパルトから射出された小型自爆ドローンは、40mmグレネード弾四発かC4爆薬一㎏弱を吊り下げて上昇したのち回転翼を展開して、さまざまな方向、高度に散り、敵の迫撃砲砲列に向かいます。多方向からの同時攻撃、十二機による飽和自爆攻撃です。

 自爆ドローン射出炎(爆薬による射出)を視認したベンジャミン側は、精密誘導ロケット弾かと一瞬身構えましたが、ロケットエンジンの燃焼がなかったので、ドローンだと判断しました。目標がわからなくても自軍に着弾するのは違いないので、あらゆる小火器でてんでに対空射撃をしています。まぐれ当たりで、四機が撃墜されてしまいました。
 しかし、曇り空の闇夜上空で、黒い機体に銃声に打ち消された静かなプロペラ音の残り八機は、大きく迂回して敵の背後、左右、あるいは直上から砲列に向かいます。
 砲声が不意に止み、さまざまな規模の爆発のあとで。迫撃砲は目論見どおり、薄い砲身に亀裂をつくるか、砲脚をねじ曲げるか、エレベータや照準部分を粉砕するかしました。砲側に積み上げた砲弾コンテナに着弾するドローンもありました(砲弾は誘爆しません)。砲側兵を殺傷した一機もありました。

 ですが五門全部を使用不能にできていません。列の端にあった一門だけは照準器と水準器を破壊されただけで、精度は大幅に悪化するものの砲撃を続けられる状態でした。そう、広い蛸薬師小路の敷地内のどこかに着弾する程度の機能は残りました。
 戦場の混乱の中では、敵味方とも平等に作戦意図を完全に実現できない冷徹な現実です。

 この爆発直後も、敵味方双方の銃撃が下火になりました。それぞれが戦果と損害に不安になったためです。
 この自爆攻撃のあいだ地面に伏せていたベンジャミンは、立ち上がるとヘルメットを被り、防弾ベストを身に着けると、副官の一人に現時点での損害状況をとりまとめるように命じました。参謀四人が集まってきます。勝利を信じ切っていた彼らに失望が表れているのが闇のなかでもその挙動からあきらかでした。腕時計は(0Day+01h05m)の時刻を示していました。

「被害はまだまだ許容範囲内。まだ圧倒的に優位です」、「予備兵力を一挙に投入して打開しましょう」、「敵の火力は大幅にさがっています。あと一押し」などと口々に主張しています。
 彼は副官の一人から奪い取った煙草に火をつけ、大きく吸い込みますが、烈しく咳き込みます。ようやく収まると、煙草を投げ捨てました。
「最前線の状況を視認する。ついてこい」と言って、ヘルメットの顎紐を結び、参謀のアサルトライフルを奪い取って、身をかがめて小走りに駈けましだします。

 (つづきますよ)

(注) ZU-23-2
   https://ja.wikipedia.org/wiki/ZU-23-2


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