恋を知らないドーナツ|ショートショート

 恋人ではない男とセックスした次の日の朝は、ドーナツとホットコーヒー。それが、眞巳佳(まみか)のルーティンである。いつそれが定まったかは分からない。海外ドラマか海外小説か、おおよそそんなところの影響だろう。
 今日も今日とて、眞巳佳は朝早くひとりきりのオフィスで、左手にホットコーヒーのカップを持ち右手に持った黒糖ドーナツを齧っていた。

――カフェインを摂取しているはずなのに頭がぼーっとしている。

 原因は明らかだ。夜眠りに就いたのが2時で5時に起きた。圧倒的な睡眠不足。コキコキっと軽く首を鳴らして回す。急ぎの仕事が入っていない日で良かった。けれどものんびりしていると眠ってしまいそうだ。
 黒糖の甘さが口に広がり、眞巳佳は昨夜の男を思い出していた。整った顔立ちがぴたりと自分の顔にくっついている様、無防備に眠っている様、自分を固く抱き締める両腕。
 ドーナツを食べ終わった。ぱんぱんと屑を払い、指についた油をティッシュで拭う。コーヒーはまだ温かい。オフィスに入ってきた同僚に挨拶をする。髪からふわりと、男の匂いが香った。すっきりと爽やかでいて甘い香り。彼女の好む、赤い花や果実の香りとは違う。


 ドーナツは円である。ドーナツには穴がある。


 昨夜の男とは、結構セックスしてきている。身体の相性がいいわけではない。特別上手いわけでもない。それでも会いたいと思うのは、彼が気安く話せるからだろうか。素を晒して笑えるからだろうか。


 円は回る。穴は埋まる。


 眞巳佳が考えても、答えは見つからなかった。ただ分かるのは、この香りに消えてほしくないということ。彼の感触を忘れたくないということ。
 記憶を彩る会話がどれも、きらきらしているということ。セックスのことはセックスって言うくせに、キスのことはちゅーって言う。そんなことを思い出して、ふふっと笑った。
 



 彼女はまだ、恋を知らない。

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