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【ものがたり】ショートショート

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短い物語を。温かく見守ってください。修行中です。
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2020年12月の記事一覧

恋を知らないドーナツ|ショートショート

 恋人ではない男とセックスした次の日の朝は、ドーナツとホットコーヒー。それが、眞巳佳(まみか)のルーティンである。いつそれが定まったかは分からない。海外ドラマか海外小説か、おおよそそんなところの影響だろう。  今日も今日とて、眞巳佳は朝早くひとりきりのオフィスで、左手にホットコーヒーのカップを持ち右手に持った黒糖ドーナツを齧っていた。 ――カフェインを摂取しているはずなのに頭がぼーっとしている。  原因は明らかだ。夜眠りに就いたのが2時で5時に起きた。圧倒的な睡眠不足。コ

世界の終わりを見たい男 |ショートショート

 男には夢がある。 「はーあ」  大きく息を吐きだすと、隣に寝ころんだヒロが顔を上げた。 「まーた、溜息なんてついて」  男は答えずに、手元にあるスクラップブックを眺めた。宇宙。闇が大半を占める空間。光すら闇から生まれる世界。  男には、諦めきれない夢がある。  ヒロは眠っている。男はその姿をじっと見つめていた。もうずいぶん長い間一緒にいるヒロ。この存在がなくなったとき、どう感じるのだろう? 考えても考えても、男の脳は答えを導き出せなかった。  まだこの地球は、人類が生

他人同士のクリスマス ~ショートショート~

「君はひとりでもやっていけるんだね」  それが彼の、最後の言葉だった。 ***    はあーっと、白くなる息を薄青い空に吐き出した。今日はイルミネーションがピークになる日。そう、クリスマスだ。  昨年の今頃はディナーで揉めて泣いていたっけ、とぼんやり思い出す。ケーキの味が彼の舌には合わなかった、というのが問題だった。今日の私はパソコンの見詰めすぎで目の奥がずきずき疼いていて、別の意味で泣きたいところ。独身で恋人もいない人は、どうしてこの日仕事でこき使われるのだろう。不条理

毒の酸素 ~ショートショート~

 わたしはきっと、いつになっても思い出す。未来がないと知りながら、君に溺れたあの季節を。空気の匂いが変わる中で、それでも変わらなかったわたしの心を。その心を見つける君の瞳の輝きを。その輝きに熱くなって焼けた、そしてついに焼け切れた、わたしの想いを。 ◇◆◇◆  出会ったのは春だった。初対面の場に遅れてやってきた君は、はじめましての挨拶もなく唐突に話を始めた。 「俺、料理できる人ほんまにすごいと思うねん」  わたしは目が点になっていたと思う。けれどその言葉を皮切りに、彼はぐ

名前のない距離 ~ショートショート~

 いつもの談笑。あほみたいな話で笑っていたのに、急に君は言った。 「いい機会やからさ、決まった人作ろうと思うねん」  へえ、と返した声は平静だったろうか。ひやり、と冷たい液体が内臓を撫でた気がした。  君と私、ふたりの関係に名前はない。だからかな。君は平然と、うん、と言い話を終わらせる。  ここで、探るように私を見てくれたらまだ救われるのに。もしかしたら、踏み込む勇気を持てるかもしれないのに。  私は黙って飲み物を啜る。 「恋人ってさ、どれくらいの頻度で会いたいもん

ほどけるプリン ~ショートショート~

 パチパチパチ……。PCのキーボードが鳴る音が響く。音を立ててキーボードを押し込むと、なにかをしている実感が出て良い。それに今このオフィスには誰もいないのだから、騒音だとか気にする必要はない。いっそ歌でも歌ってやろうか。  iPhoneに手を伸ばし、お気に入りの曲を流そうとして気づいた。 ――新着メッセージ1件  FaceIDで開く画面は、すぐにそのメッセージの内容を表示する。 ――最近どう?美味しいプリンがあるんやけど、久々に会わへん? 「ありゃ」  思わず漏れた声