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ジェンダー間の違いはつくりもの?

小学生の頃から数字や図形などで遊ぶのが好きで、ひらめく瞬間なんてたまらなくて、いわゆる理系と文系とがあったときに、文系を選ぶことなど頭の隅を掠めたこともなかった。

じゃあ私は男性脳なのか。

単純に暗記がものすごく苦手で、小中高で一番得意だったのは算数/数学だったけれど、理科よりも英語や国語の方がよっぽどできた。
文法?そんなもの覚えるよりフィーリングでした。笑
理科も視覚的に理解できる演示実験などは好きだったが、本格的に興味をもち始めたのは、ティーンになった頃、宇宙の謎や起源、意識といったものについて考えるようになった後だった。
元々最初の動機は哲学的なものだったのだ。
それに加えて、ほんのいくつかの法則を元に数式を解くことで、観測すらできないことも予測できてしまうことに魅力を感じて、理論物理を学びたいと思うようになった。代数、幾何、宇宙、となると自ずと相対論に辿り着く。正直言うと他の物理の分野には全く興味がなく、通過儀礼くらいに思っていた。笑
そんなふうに、興味のある方向に向かって歩いていっただけだったので、自分が男性脳だろうがなんだろうがどうでもよくて、この分野でのジェンダーの偏りなども特に気にしていなかった。

そう、このときまでは。


そもそも理系/文系というのは、誤った認識を生みやすい雑な区分である。どの分野にせよ、ある程度深く学んだ人なら、学問もまたスペクトラムであり繋がっていることは、感覚としてわかっているだろう。
理系脳(男性脳)/文系脳(女性脳)と言ったときに、前者は数字や論理を扱うのが得意で、後者は言語や感情を扱うのが得意とされているが、数学は言語の一種である。
私なんかは数学という言語を使って何かをすることは得意でも、定義定理定理定理定義定理…という純粋数学の文法は正直冗長でやっていられない😇
そう、基本的に怠け者で、直感的にわかることが好きなんですね。へへ。
新しい概念を学ぶとき、私の場合は具体例を学ぶことで抽象的なルールを見出すことの方が得意だが、抽象→具体の順でないと理解ができない、という友人もいる。彼女とは物理学科で出会ったけれど、途中で数学科に転入していきました。
どうでしょう、理系脳とか文系脳とか、そこで線引きすることに意味があると思いますか?

先天的な性質というのはアプローチの向き不向きを決めるだけで、結局は後天的な努力がものを言う。何百年、何千年と積み上げられてきた学問を感覚的に理解することは不可能であり、更にその先に推し進めていくには、感覚的に身につけられる手法だけでは足りない。例え最後の一押しで発想力が決め手になったとしても、そこに辿り着くまでには膨大な学習と経験が必要になる。
私の洞察力も部分的には役に立ってきたけれど、論理的思考などは完全に後天的に訓練して身につけたものだし、これは他の研究者にもあてはまることのように思う。
生まれたときから論理的な人など理論物理学者の間でも少数派で、みんな普通に感情のある生身の人間なのだ。感情の優先順位が低かったり、表現する習慣がなかったりする人がいるだけで。
パパラッチに苛立ってべろを出してた、感情表現を厭わないおじいちゃんもいたでしょ😛
ただこれは地域差もあり、育った環境の社会的規範に依るところも大きい。同じ理論物理学者でも、英語圏はプレゼン能力を重視するためか、コミュニケーション能力もある人が比較的多い。

ちなみに、感情を蔑ろにすると、理不尽に攻撃的になりやすいのでおすすめしない。


今からシェアする動画は、私が博士課程の選択必修科目の一つとして履修した、Philosophical Disagreementという授業の一環で知った実験の映像である。

見知らぬボランティアの大人たちに、まだ歩けるかもわからない小さな男の子Edwardと女の子Marnie、どちらかと一緒に遊んでもらいます。
ただし、子どもたちの服と名前を変えて。
すると、大人たちは、’女の子の服'を着せられた"Sophie"(本当はEdward)には'女の子のおもちゃ'を与え、'男の子の服'を着せられた"Oliver"(本当はMarnie)には'男の子のおもちゃ'を与えたのだ。

こうして受け継がれるステレオタイプ。いかがでしょうか。
ジェンダー間の好みの違いや傾向は、どこから生まれたものなのでしょうか。





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