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教員が「不登校でええやん。」と言えない理由


こんにちは、ヨウです。


今日は、学校の不登校について、教員側の目線で考えてみました。



「学校に来るのが当たり前」という前提

以前、学校の先生は「学校過剰適応者」であるという記事を書きました。

そんな教員は、「学校でいい経験をしてきた。学校で多くのことを学んだ。」という自負があります。つまり、教員の多くは「学校に来るのが当たり前で、不登校は間違っている」と直感的に考えているのです。特に、年齢が高い先生方は、そのように捉えている方が多いものです。


確かに、親には「教育を受けさせる義務」があります。しかし、これには罰則がないので、学校に行かなかったからといって何かあるわけではありません。また、子どもにとっては「教育を受ける権利」であるため、本当は、別に不登校でもいいのです。

それでも、学校の先生は、「学校に通うことが良いことだ」と信じて疑わない人が多いのです。


学校に来させようとする教員

こういう事情もあるので、教員は「不登校の子を何とか学校に来させよう」と躍起になります。

しかし私は、学校が一生懸命努力して「不登校の子が、担任のおかげでクラスになじむことができた」という例をほとんど見たことがありません。せいぜい、少しだけ保健室に来たり、子どもが下校した後に担任が時間外で勉強を教える程度でしょう。


そもそも、不登校というアクションは「学校が嫌だから」起こしているものです。そんな「嫌な場所」からやってくる人間が「学校においでよ!楽しいよ!」とか言ったところで心に響くはずもありません。また、「学校に来ないと、勉強についていけないよ。」とか「社会に出て困るよ。」とか言ってプレッシャーを与えても、「じゃあ、行こうかな」ともなりません。

学校が親と結託して行かせようとしたら最悪です。家でも「学校に行け」と言われ、ますます居場所を失い、親子関係にヒビが入ってしまいます。そうなってしまうと、非行や虐待、精神疾患などの問題を起こす要因となってしまうのです。




担任は「学校の不登校対応」の無駄さを理解している

私が教員をしている時、隣のクラスに「数年前から不登校になっている子」がいました。友達関係の悩みなのか、家庭の悩みなのか、学校の問題なのかはよく分かりませんが、そういう子がいたんです。私は、写真でしかその子を見たことがありませんでした。


担任の先生は、その子に何とか学校に来てもらおうと、週に1回は家庭訪問をし、その家庭とコミュニケーションを取っていました。子どもとも何度か会って話をしていたそうです。

ぶっちゃけ、その先生は、その子が学校に来ることができるようになることは期待していませんでした。既に「学校に通う習慣」がなくなっており、中学校で環境が変わったタイミングで通えるようになるかも、という淡い期待しかなかったのです。

「学校に来てくれるような感じはしないけど、校長や教頭から『どうにか通えるようにできないか。』と言われちゃったから、とりあえず家庭訪問はして、勉強内容が分かるようなプリントとかは渡しているよ。でも、学校に来る気はないし、無理やり学校に来させても意味はないから、家庭訪問は止めたいんだよね。でも、これをやっておかないと、『担任が努力していないから、学校に来れないんだ。』とか言われちゃうからさ。」

前述したように、長いこと学校に通うことができない子どもに、教員が家庭訪問をしてプレッシャーを与えると、余計に行きたくなくなるのでは? と私は感じました。実は、現場の先生方の多くは「積極的に介入しても効果は薄い」ことを認識しています。しかし、教員もあくまで公務員で、上司の職務上の命令には従わなければいけません。「やれ」と言われれば、やらないといけないのです。



「不登校は、全部担任のせい」になりがち

それから、子どもが不登校になった場合、その責任追及の目は担任に向けられます。「担任がしっかりしていないから、子どもが不登校になった」と、心無い周囲(家庭や地域)から言われてしまうのです。


不登校というものは、全てが教員の責任ではないでしょう。学校での友達関係、親との関係、生活習慣、子ども自身の考え方など、要因は様々です。それらがいくつか重なって、結果不登校というアクションを起こしているだけです。教員が責任を負うべきは、「そういった事情を把握して、子どもの『教育を受ける権利』を、どう保障するか」だと思います。

もちろん、担任に落ち度がないとは言い切れないでしょう。不登校の一端を担ってしまった可能性を調べなければなりません。でも、「全部」ではないはずです。

今回、例に挙げた児童に関して言えば、担任に「不登校になったこと」に対する落ち度は全くありません。不登校継続中に担任になったのですから。


不登校になった原因の全てを担任が被ってしまう現状に、プラス要素は1つもないことだけを伝えておきます。




結局は「体裁」の話

以上のことから、私は、学校が不登校に対策できるのは「予防」までだと考えています。実際に不登校になってしまったら、学校がどのような努力をしても効果は薄いでしょう。

不登校の子どもに、学校が介入して通学させようとするのは、あくまで「体裁」の話。「学校はきちんと努力して、不登校を改善させようとしました」という言い訳をするための行為でしかありません。


もし、私が不登校になった子を受け持ったとしたならば、すぐに外部機関の斡旋をしようと思います。学校が嫌ならば、他の居場所を作ってやればいい。不登校支援をしている行政機関も民間団体もたくさんありますから、そういったところを積極的に活用していきたいと思います。

それも、不登校から併発する様々な問題(家庭内暴力やゲーム依存、非行等)が起きる前に、外部につなぐことが大切かな、と思っています。

こう言うと「学校なんだから、ちゃんとやれよ」と思われる方もいるかもしれません。しかし、子どもの心身の健康と、教育を受ける権利を保障するためなら、根性論で「学校へ」よりも遥かに健全だと思いませんか?



終わりに 〜不登校児に関する相談を受けた経験〜

私は、児相で働いていた時に、中1の子を持つ親から、このような相談の電話を受けたことがあります。

「学校の先生と『何とか学校に来れるように、協力して働きかけましょう』と話して、そうしたんです。そしたら、不登校どころか、子どもが私に暴力をするようになっちゃって…。子どもをたたいてはいけないって分かってるんです。でも、子どもの心が分からなくて…。学校には無理に行かせなくてもいいんじゃないかって思ってるんですけど、学校も旦那も『学校に行けるように頑張ろう』って言うんです…。学校に行かせようとすると引きこもってゲームばっかりしているから、もう、どうしたらいいか…。このままだと、私が虐待してしまいそうです…。うちの子、何か発達障害みたいなものを持ってるのでしょうか?」

私は、匿名の相談者に、「お母さんが自分を責める必要はない」と諭したうえで、以下の観点で答えました。

・「無理に学校に行かせるつもりはない」と伝えたうえで、子どもと少しずつコミュニケーションを取っていくことを優先した方がいい。
・コミュニケーションが取れてきて、不登校の原因がはっきりしたら、そこで再度学校と相談した方がいい。
・発達の検査等に関しては、子どもと相談して決めた方がいい。ただ、「発達障害」と聞くと、子どもは敏感に反応してしまうので、慎重に。

この方は、あくまで匿名でとのことだったので、私は「いつでも相談に乗ります。」とだけ伝えて、それ以上深追いしませんでした。その後、同様の連絡は来なかったので、その後は分かりません。上手く行っていたらいいなあ。



私たちは、どこかで「学校に行かなければダメだ」「仕事をしていないとダメだ」「一生懸命じゃないといけないんだ」などと頭ごなしに思ってしまっているみたいです。

子どもの多様性が認められて、学校や社会がもっと柔軟な思考や対応ができる世の中になってくれれば、と願っています。



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