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[後編] 「混沌とした時代をたくましく生きる子を社会で育てる」 工藤勇一 x 中邑賢龍 イベントレポート

Learn by Creationは、ポストコロナの世界を見据えつつ、これからの学びについて考えようと、4月29日、緊急のオンライン対談を企画しました。

第一回は、横浜創英中学校・高等学校の工藤勇一校長と、東京大学先端科学技術研究センターの中邑賢龍教授による対談です。(司会は竹村詠美、本文の文責は草本朋子、日出間真理子)

前編では、休校中の子ども達は何を学ぶと良いのかや、コロナ危機が突きつけた日本社会の問題点、そして学びの場で大人と子どもがダイレクトにつながるインパクトについてお伝えをしてきました。後編では、これから学校現場はどう変わるべきか、また、本来主体的な生き物である子どもを伸ばす本質的な教育について、対談の内容をお届けします。

学校現場はどう変わるべきか?

では、この困難な時代にあって、学校の現場や教師はどう変わるべきなのでしょうか。

この問いに中邑先生はまず、意外な言葉から答え始めました。

先生方は何も変わらなくて良いと思います。

その意図はこういうことでした。
「管理職や教育委員会が『もっと自由にやっていいよ』と言えば良い。先生がもっと(ひとりの人間としての)個性を発揮できるように、料理でもなんでも良いので、得意なことを生徒に自慢できるような環境を作るなど、大胆な試みをしてみても良いのではと思います。」
中邑先生は、先生がもっと自由に生き生きと生徒と向き合えるようにと、学校の先生がたにエールを送ったのです。

工藤先生は、麹町中学校で、教員、保護者、生徒など全てのステークホルダーが当事者意識を持ち、学校を良くするために経営に携わるという考え方で改革を進めてきました。
横浜創英でも着任早々、全教員に対し、「新型コロナの問題は全員が当事者にならなければ解決できない、教員は自分が発する言葉の重みを自覚して生徒が前向きになれる言葉を使おう、自分たちが当事者となる言葉を使おう。」と呼びかけました。
教員の年齢層が20代から70代まで幅広く、ICTの理解のレベルにも差がある中、前述のように1週間程度でオンライン授業導入にこぎつけたのは、覚悟を決めて全員が取り組んだ結果と言えるでしょう。

「経済的にも苦しんでいる人が増え、そのような家庭で不安になっている生徒が山ほどいる中で、ICTが苦手などと言っている場合ではありません。生徒のためにやらなければという気運は教員の間で高まっています。」

一方、オンライン授業導入に関しては、Wi-Fi環境やディバイスの有無、学校や学区の長の覚悟など、家庭や地域による格差にも注目が集まっています。新しい「平等、公平」の概念を考える時期なのかもしれません。

工藤先生、中邑先生ともに、もっと多様な学びの機会を子どもたちが持てることが望ましいと言います。ホームスクーリングも含め、いろんな形の学校が存在し子どもたちが特性によって選べるような社会を目指すべき時だという機運が広がっています。

今までの学校教育は、オリンピックを目指すアスリートやクラシック音楽に長けている子どもに対しては学校を犠牲にすることを許容してきたけれど、他の偏った嗜好がある子ども、例えば「鉄道ファン」などには特別扱いを認めてきませんでした。

中邑先生は、「偏った人が社会で活躍できるようプロデュースできる人が増えないといけない」と言います。現代の教育の中では、学力を伸ばす以外に職業への道筋を教える手立てがありません。「働く」ということにもっと早期から触れ、例えば小学校のうちからお金を稼ぐ教育をすれば、社会への道筋が見えてくるかもしれません。更に中邑先生は、「学力が低い人向けの奨学金」を提案します。

「勉強はできないけど『こいつはすごい!』という子どもっているでしょう。そういう子のための奨学金があれば、学校の先生も安心するのではないでしょうか。」

学力一辺倒にならず、社会の評価軸が多様化すれば、より多くの人が自分本来の良さを発揮し活躍できる社会が見えてくるかもしれません。

本来主体的な生き物である子どもを伸ばす本質的な教育とは

工藤先生は、子どもが本来持っている力を失わせないことこそが本質的な教育と考えます。

「自分で考え判断し決定して行動できる力」
「多様性を受け入れる力」

この2つを育むことが重要で、後者はある程度大人が教える必要があるものの、前者は子どもがもともと持っている力です。しかし、子どもが育つ過程でこの力を失ってしまうことも多いと言います。工藤先生の前任校、麹町中学校では、中学受験に失敗してわずか12歳で自己否定し自信を失った子どもが多く入学してくるため、次の3つの言葉をかけながら1年かけてリハビリをするそうです。

① 現状把握 「今どんな状態なの?」「困っていることある?」
② 意思確認 「どうしたいと思っているの?」
③ 支援の申出 「どんな支援をしたら良い?こういう支え方ができるけどどう思う?」

多くの生徒は、意思確認をすると戸惑うそうです。今までに聞かれたことがないので、自己決定するのに慣れていないのです。例えばトラブルがあった時、とにかく謝れと言われて謝るというように、言われた通りにやらされてきたため、自分がどうしたいかを考える機会がなかったのです。意志確認後に支援を申し出ることにより、世の中が自分を支えてくれる存在だと教え、自分が安心安全な環境にいることを伝えます。

「自己決定できるようになると、他の人の自己決定も認められるようになり、周りの人を受け入れられるようになります。すると当事者として責任を取ろうとします。これを繰り返すと子どもは変わります。子どもをそのまま受け入れて、失敗を受容し、どうしたいのか意思確認をする環境を作るだけで、子どもはいろんな人と関わりを持とうとし始め、出る杭を打たない環境を自ら作れるようになり、自分も伸び始めます。

学校の役割は、子どもの可能性を引き出し、より良く生きる術を身につけさせることです。そして、もう一つ大切なのは、自分だけがより良く学ぶのではなく、社会全体をより良くする方法を学ぶこと。この二つを学べることが、学校が存在する意味です。」

現状把握、意思確認、支援の申出の3つの問いは、家庭でも有用です。脳科学の視点からも検証されており、実際に使っている保護者から子どもとの関係が変わった実感があるという声が上がっているそうです。

中邑先生は、家庭で親が先回りしすぎるために親子関係が崩れている例も多くあると見ています。「時には放っておくことも肝要です。放っておくことは無視することではなく、見守ることです。家庭の外に、子どもが信頼できてとことん子どもに付き合ってくれる大人がいることも大切です」

最後に

工藤先生と中邑先生から、皆さんへのメッセージを頂きました。

工藤先生より 

「ご家庭の保護者の方や、教員の方々へのメッセージになればと思います。

どうしても大人は、自分はダメだなあ、自分がいる組織はダメだなあと自己否定に走ってしまいがちですが、そうした思考で子どもと付き合うと良いことはありません。例えばゲームをやるなと叱って親子関係が悪くなる時、親は親で自分の育て方が悪いのかなと自己否定し、子どもは子どもで自分はダメなやつだと自己否定している。この自己否定の連鎖を打ち壊す必要があります。僕が助言する時、薦めるルールはたった一つです。親が子どもを叱ったり教員が生徒に注意をした結果、子どもとの関係が悪くなったりお互いが不幸になったりするなら、その方法を取らないようにする。違うアプローチをすると言うことです。ダメなことはやめ、やってみて良かったことは続ける。一番大事なのは自己否定しないことです。今落ち込んでいる教員や保護者がいるなら、自己否定せず、今何ができるのかを考える姿勢を、子どもたちに見せていきましょう。

中邑先生より

「子どもは状況に適応して行動すると思うんですよ。親が思っている姿と違う方向にいく子もいます。不登校も、ゲームをするのも、勉強しないのもそうです。でもそうせざるを得ない事情が子どもにはあるのです。その行動を周りから否定されるから自己否定するのであって、好きで自己否定しているわけではありません。自己肯定できる環境が用意されていないのです。

我々一人ひとり性格特性や認知特性は違います。今までの教育は、子どもは皆同じものという想定のもと、努力すれば出来るだろう、変わるだろうと考えてきました。その結果、学力で序列ができて、それは仕方ないことだと言って終わっていました。今、コロナの影響でオンラインの学びが広がり、学びのチャンネルが増えています。個々の多様性に応じたチャンネルが増えていくことは大切だと思います。子どもを変えるのではなく、我々が子どもの周辺の環境をどう変えていくかということが、これから先の時代に繋がっていく気がします。

編集後記

講演終了後には申込者50人程が小グループに分かれ、振り返りのディスカッションを行いました。保護者、教員、教育関係者、そして学生、皆がそれぞれの立場から工藤先生・中邑先生のお話をどう咀嚼したかを語り合いました。このプロセスはとてもパワフルで、多くの方が、自分だけの視点に寄らず多面的な視点を獲得しながら、一方で先生方のお話を着実に自分ごと化していかれている印象を受けました。

特に印象的だったのは、参加者の中学生の方が「自分は小学校の時に2年半くらいずっと不登校を経験したので、コロナで今みんなが学校に通えなくなっているのをかわいそうに感じている。参加者のみなさんには先生が多いようなので、そういった子どもに寄り添って欲しいと思っている」と言った時。あたたかい空気がオンラインの空間を超えて流れると同時に、それぞれが明日への力をもらった瞬間だったように感じます。講演アンケートでは、本イベントを通じて「パワーを頂きました。私も今いる場所で頑張ります!」(教育関係者)「首長や教育長と連携しながら『どんな学びを目指していきたいか』を話す機会を作っていかなくては!と感じています」(保護者)といった声がありました。先生方のお話に感化されて、全国の参加者がそれぞれへの実践へときっと繋げていくだろうことが伺えて、楽しみになります。

今回はLearn by Creationにとって初めてのオンラインイベントでした。アンケートでも「オンラインは全国から参加できるのでとてもいい」(保護者)「これまで先生のお話を聞きたいと思っても叶わなかったが、今回直接お話が聞けてとても良かった」(教育関係者)という声がありました。また「今回はじめて夫も見てくれ、刺激を受けていた」(保護者)という方もいて、ステイホーム週間を利用して家族の対話が進んだ方も少なくなかったのではないでしょうか。


※ より詳しい内容につきましては、本対談の動画をこちらからご覧いただけます。


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