ヘヴィメタルアーム&コーク【第3話】
《非常電源残量、55%、活動可能時間、残り2時間45分》
ダニエルとケイトに案内されてきたガンマは驚嘆した。
地下下水道から扉一枚隔てた場所とは思えない広大さ。
核シェルターとして設計されたこの場所は、重金属人造人間から逃れた人々の居住区となっていた。
40メートルほどの高さの天井からは、地上の高層ビルの基礎が数本、柱のように居住区を貫いている。
輸送用コンテナを改造した住居が整然と並ぶ、5km四方の空間。
コンテナの上や横では、プランターで野菜が栽培されていた。
このシェルターを設計した人物は、超長期間の滞在を想定していたのだろう。
「食べ物が要るんだったな。先に食料庫に案内する」
ダニエルとケイトに連れられて、コンテナ住居の間の通りを歩く。
通りにいる人々や、窓からの視線。
好奇に戸惑い、関心と不安ないまぜの感情を向けられているのをガンマは感じた。
4年間の地下での生活、目新しいものに触れる機会は殆ど無いのだろう。
幼い子どもの姿がガンマの目にとまった。
3歳くらいだろうか。
「あんなに小さな子供もいるのか」
「ああ、あの子はここで生まれたんだよ。地上に出たことはない。以前の、外の世界を知らないんだ」
ソロモンの支配から人々を解放しなければならない。
ガンマは思いを新たにした。
「ここが食料庫だ。さっき助けてくれた礼だ。遠慮せずに食べてくれ」
食料庫と書かれたコンテナには、長期間の保存に耐える非常食が大量にストックされていた。
「コークはどのあたりにある?」
「ああ、それなら奥にあるはずだ。コーク好きなのか?」
「まあそんなとこだ」
コークは古かった。
缶の底に書いてある数字は随分前の日付。
とうに賞味期限切れ。
だが重金属製の消化器官なら……、多分、なんとかなるだろう。
ガンマはコンテナから11ケース、ありったけのコークを運び出した。
その場で次から次へと開けて一気に飲み干していく。
ケイトとダニエルはあっけにとられた表情。
遠巻きに眺めていた人たちも口を開けたままガンマを見つめる。
《主電源に切り替えます。主電源残量、20%、活動可能時間、30時間》
2ケース飲み干したところで、脳内に通知が響いた。
ついに。
ついにエネルギー補充に成功した。
同時に、ガンマの緊張は一気に解けた。
先程まで、死の淵ギリギリにあったのだ。
今は残りのコークを飲みさえすれば、サーバー破壊の任務にもどるなり、金属街から脱出するなり、どうとでもなる。
安堵しながら、古くなったコークを味わう。
不味い。
しかし、コークの異常なエネルギー効率。
物理法則にかなっているのかすら怪しい。
ガンマは、自身に改造手術を施したキカイジマ博士の技術に畏敬の念を抱いた。
コークを飲みつつ、居住区についてダニエルとケイトから説明を受ける。
本来の用途は核シェルターだった。
地上にあったテック企業、金融企業の経営者達が金を出し合って建造した。
この金属街の地下にはこういった居住区が複数存在している。
ダニエルとケイトは居住区間の連絡のために地下下水道を歩いていたのだという。
「なあ、聞いていいか? あんたはなんで、その……、金属の体になったんだ?」
ダニエルの質問に、ガンマの方も事情を話す。
「俺はもともと電器屋の従業員だった。客先での仕事中に電化製品の反乱が起きたんだ。爆発で炊飯器の内釜が飛んできて腹に直撃し、内臓をやられてしまった」
「ひどい話だな」
「ああ、ほかにもケガをしたが、危うく炊飯器で死ぬところだった。偶然、博士に拾われて、改造人間にされて生き延びることができた」
「その改造人間がなぜこんな下水道に?」
「金属街のソロモンの全サーバーを破壊する任務だ。人間保護区にいる人々の解放を目指している」
「解放……自由になれる日が来るのか? この地下から出られるのか?」
ダニエルとケイトの目に希望の光が宿る。
この地下の居住区で生涯を終える覚悟をしていたのだろう。
「俺たちは36あるサーバーのうち、25を既に破壊した。あと11だ。保証はできないが、そう遠くない未来、人類は元の世界を取り戻せる」
そう言って、ガンマはコークを飲み干した。
ちょうど10ケース。
《主電源残量、100%、活動可能時間、150時間》
完全回復。
変形機構を使っても、優に10時間は戦闘を続行できる。
任務復帰だ。
残りのコーク1ケースを小脇に抱え、ガンマは立ち上がった。
「コークをありがとう。サーバーを破壊しに行く」
「もう行くのか?」
「成功したらまた戻ってこようと思ってる。うまくいくことを祈ってくれ」そう言った瞬間。
居住区の入り口、鋼鉄製のドアが弾け跳んだ。
扉のあった場所から顔を覗かせたのは、重金属警備員。
【外骨格強化型重金属警備員】
通常の重金属人造人間が水泳選手程度の体格であるのに対し、外骨格強化型は横綱のごとき体格をもつ。
更にその上に、縄を巻き付けたかのようにうねる重金属の外骨格。
対人には明らかに過剰。
元々は、対戦車を想定して設計された重金属警備員。
ガンマは驚愕の表情を浮かべた。
ガンマが窮地に陥っていた理由がこの外骨格強化型重金属警備員の群れだったからだ。
ソロモンのサーバーの手前で百を超える数に包囲され、消耗戦を強いられたのだ。
ガンマの頬を汗が伝う。
居住区の入り口から、相撲取りサイズの重金属警備員が大量に入り込んできた。
手近にいた人々を次々と拘束していく。
人々の中には、抵抗を試みる者もいた。
「ダメだ!! 攻撃するな!!!」
重金属警備員は、攻撃的な人間を排除するようプログラムされている。
ガンマの叫びも虚しく、武器を手に抵抗した者は容赦なく殺された。
ダニエルとケイトは武器をとらず、素直に拘束されようとした。
だが、幼い子供たちを拘束しようとする敵を目にして、二人は大人しくしてはいられなかった。
ダニエルとケイトは重金属警備員に銃撃し、巨大な拳の一撃でコナゴナにされた。
ガンマはこの状況に対応できないほどの自責の念にかられていた。
4年の間、この場所は何事もなかった。
人々が平和に暮らしていたのだ。
ならばなぜ今日、襲撃を受けたのか。
これまでとの違いは自分がここに来たこと。
追跡されていたガンマがここに来たせいで。
人々が囚われていく。
殺されていく。
俺のせいだ。
実際のところは偶然タイミングが重なったに過ぎない。
この居住地が発見されたことと、ガンマが来たことに関連性はなかった。
もっとも、ガンマにそれを知るすべはない。
それに、ガンマは自責の念に囚われている場合ではなかった。
この時点で即座にソロモンのサーバーに向かい、攻撃を仕掛けるべきだった。
ヘヴィメタルガードが多数、地下の居住区にいるこの状況。
地上は手薄になっている。
エネルギーが完全回復したこのタイミングは、再び任務を遂行する絶好の機会だった。
だが、自分のせいで目の前の人々が囚われていく。
武器を持って抵抗した者は殺されていく。
その人達を囮に任務を遂行?
ガンマに冷徹な判断は下せなかった。
ガンマは訓練された軍人でも、工作員でもない。
運動神経こそ並外れているが、元電器屋の従業員にすぎない。
人並みの善人だった。
ガンマは人々を拘束しようとする敵に飛びかかった。
同時に、重金属製の右腕に電気信号を送る。
(変形機構、起動。変形、右腕、流体手刀。更に変形、右肘、推力装置)
5本の指が溶け合うように一体化し、刃となる。
ヒジからは、噴出口が突き出すように形成される。
重金属を容易に切断する手刀。
その腕を、推力装置が通常の20倍に加速する。
重金属警備員の頭部には全方位カメラが搭載されている。
だが、そのカメラのフレームレートでは捉えられない速度の手刀の連撃。
一方的な滅多斬りの滅多刺し。
重装甲を削り、抉り、本体を刺し貫く。
キカイジマ博士が6体の改造人間たちに与えた対重金属人造人間装備。
その性能は、それぞれ方向性が異なるものだった。
対複数、潜入、空中戦、水中戦、単純な破壊力。
ガンマに与えられたのは、対単体の変形機構、1対1で確実に上を行く戦闘能力。
既存の機体相手ならば敗北はまずありえない。
だが、複数の敵には対応こそできるものの、時間をとられる。
ガンマは近距離戦用の武器しか持ち合わせていないのだ。
結局、ガンマの奮闘は虚しい結果に終わった。
居住区にいる重金属警備員を片付けたときには、生きている人はだれも残っていなかった。
子供のいた場所、野菜を育てていた場所には、血と残骸が撒き散らされていた。
(変形解除、右腕、右肘)
ガンマは誰もいない居住区で、再びコークを飲む。
すべて飲み終えると、心を殺し、地上へ向かった。
重金属警備員達は、捉えた人間を人間保護区に連行している。
救出しようとしても先ほどと同じ結果が待っているだろう。
ならば今度こそ、手薄になったソロモンのサーバーを破壊する。
破壊しなければならない。
捕らえられた人々、殺された人々へのせめてもの罪滅ぼしだ。
ガンマはマンホールの蓋を開け、地上へ戻った。
額に上げていた暗視ゴーグルを装着する。
エネルギー残量だけは満ち溢れている。
今度こそ、任務をやり遂げなければならない。
《主電源残量、102%、活動可能時間、約15時間》
ガンマは重金属製の拳を握りしめた。
【第4話へ続く】