ヘヴィメタルアーム&コーク【第2話】
《非常電源、残量70%、活動可能時間、残り3時間30分。》
エネルギー補充のため、一縷の望みをかけて、ガンマはマンホールの中に入った。
地下下水道。
等間隔に設置されたLEDが道を照らす。
ガンマは暗視ゴーグルを上げ、周囲を見回した。
ひどい悪臭を覚悟していたが、思ったより衛生的だった。
金属街には人間がおらず、生活排水が出ないからだ。
前方へ水が少しだけ流れていて、靴底を濡らす。
水深3cm程。
雨水だろうか。
(想像していたより広い…)
横に向かって円形に掘り進められた水路、その直径は2m50cmほど。
前後に水路が伸びており、少しずつ湾曲している。
とりあえず、前方に進んだ。
地上で追い詰められたガンマが立てた仮説。
4年前の電化製品の反乱の際、人間保護区への収容から逃れた人々が地下下水道で暮らしているのではないか。
この仮説が当たっていれば、その人達に食料(できればコーク)を分けてもらえるだろう。
(仮説が外れていた場合は……)
あまり考えないように努めつつ、ガンマは歩を早める。
残りの活動時間は3時間強。
すぐに人が見つかることを願いながら移動する。
おそらく仮説は当たりだった。
水路に、日持ちの良い乾パンのパッケージが落ちている。
拾ってみると、製造日は4年前、消費期限はまだ先。
水路の水に浸かっていたにもかかわらず、パッケージはほとんど劣化していない。
(最近食べたものだろう。やはり、ここに人がいる)
そう思った矢先、地下下水道に銃声が響く。
ガンマの重金属のボディに衝撃が走る。
背後から撃たれた。
だが、ダメージは無い。
振り返ると、男2人に女1人、合わせて3人が、ガンマに武器を向けていた。
恐怖と憎しみがこもった視線とともに。
「撃たないでくれ、俺は人間だ!!」
ガンマの言葉に構わず、2発目。
ガンマは跳び上がって銃弾を回避。
壁面を跳躍して距離を詰め、2人から銃を奪う。
「俺は重金属人造人間じゃない、生身の人間だ」
まるで聞く耳なし、3人は逃げ出した。
「おかしいな、俺はぱっと見で普通の人間のハズ……、しまったコレか!」
遮温テックウェアの右袖をまくりあげたままだった。
地上、金属街での戦闘の際に右腕を出してそのまま。
重金属製の右腕が丸見えだ。
あの3人はこれを見て、ガンマを敵だと判断したのだろう。
せっかく人に会えたのにこれだ。
ため息が出る。
ガンマが3人を追おうと走り出した瞬間、銃声と叫び声が聞こえてきた。
(何事だ、あの3人か!?)
3人に何かあってはまずい。
コークを分けてもらうあてがなくなる。
(変形機構、起動。両脚、弾性強化)
変形したガンマの両足は、時速100km近い出力を誇る。
一瞬で追いついたガンマの目に、惨状が映る。
3人のうちの一人、男が串刺しにされて死んでいた。
【八足歩行型重金属警備員】
上半身は人間と同じ形状、下半身は蜘蛛のように細く長い8本の脚を備えた重金属人造人間。
その脚の一本が、男の頭蓋から腹部にかけてを貫通している。
他の2人はしりもちをつき、恐怖に固まっていた。
2人に向かって重金属警備員が脚を伸ばす。
ガンマは間に割って入り、金属の脚を掴んだ。
「この二人にはコークを分けてもらわないといけないんだ、殺されちゃ困る」
重金属警備員は脚を振るい、男の死体を地面に落とした。
8本の脚がガンマに襲いかかる。
(変形、両肘、推力装置)
両肘、推力装置。
腕を動かす速度を20倍近く上昇させる。
ガンマの2本の腕に対し、8本の重金属の脚。
圧倒的な手数の差。
だが、変形させた肘から射出される推進力と、両足から生み出されるフットワークが形成を逆転させる。
ガンマを狙う、槍のような脚を次々と弾き返す。
加速する拳は脚先をへし折り、関節を潰し、ついには重金属警備員本体に到達する。
脚を失った重金属警備員は為すすべなく連打を浴び、倒れ込む。
ガンマはマウントポジションに移行し、両の拳を叩き込む。
重金属警備員の頭部、胸部が歪み、へこみ、原型を失っていく。
攻撃開始から45秒。
ガンマの足元には、上半身がコナゴナに砕けた重金属警備員が転がっていた。
ひと呼吸つくと、ガンマは、呆然とする二人を抱えあげ、走り出す。
「舌を噛むなよ!」
変形、弾性強化した両足で時速100km近くまで加速する。
迅速にその場を離脱しなければならない。
重金属警備員は倒すとすぐに次が現れる。
1体見たら100体いると思わなければならない。
(奴ら、ゴキブリみたいな習性をしているからな)
3分ほど走ったところでストップし、抱えていた2人を下ろした。
(変形解除、両足、両肘)
急加速に酔ったのか、2人とも嘔吐寸前といった表情……嘔吐した。
苦しそうな2人を眺めていると、脳内に警告が響く。
《非常電源、残量60%、活動可能時間、残り3時間0分。》
ガンマも吐きそうな気分になる。
(変形機構がエネルギーを食いすぎる。こいつらコークを持ってるだろうか。持って無かったら…)
吐き出し終えた2人は立ち上がり、ガンマの方を向いた。
「助かったよ、ありがとう。死ぬところだった」
2人のうち、女性のほうが、礼を言う。
「あんた…人間なのか?」
男性のほうは感謝半分、畏れ半分の表情でガンマに疑問を投げかける。
「俺は花菱ガンマ。改造人間だ。首から下が重金属でできているけど、人間だ」
「そうか、さっきは撃って悪かった。俺はダニエル、こっちはケイトだ」
「よろしく」
「よろしく。ところで、食料があったらわけてもらえないだろうか。この体はエネルギーを食うんだ。さっきの戦闘でかなり厳しい状況になってる」
「ああ、もちろん分けるよ。命の恩人だからな」
「居住区に案内する。食料はうなるほどある」
あっさり得られた快諾に安堵した。
あとはコークがあれば完璧だ。
「助かるよ。ところで、その居住区にコークはあるかな」
「コーク?あるけど…」
ガンマは神に感謝した。
助かった。
踊り出したい気分をこらえる。
コークがなくて死ぬ、という馬鹿げた状況を脱した。
それにしても、コークが無いせいで死にそうだなんて、間抜けすぎる。
先ほどまでの焦った自分に笑いがこみ上げた。
だが、まだ実際にエネルギー補給できたわけではない、と気を引き締める。
ほかの重金属警備員に遭遇する可能性もあるのだ。
それはそれとして、
「さっきのことだが、重金属警備員には攻撃しないほうがいい」
居住区に案内されながら、ガンマは言った。
「攻撃しないほうがいい? なぜだ」
ダニエルの顔は再び疑わしげな表情に変わる。
(話すタイミングを間違えたか)
ミスしたな、と思いながらもガンマは続ける。
警告しておく必要がある。
「重金属警備員は人間を見つけた場合、原則的には人間保護区へ連行する。例外は――」
「攻撃するやつ?」
「そうだ。銃器などで抵抗した人間は殺される。攻撃的な人間は保護の対象とせず、排除するようプログラムされているんだ。さっき一人殺されたのはそのせいだ」
「そんな…」
「俺が撃ったんだ。あいつは俺をかばって…」
ダニエルの悲痛な声。
ガンマは黙るしか無かった。
沈黙のなかで歩を進める。
地下下水道の分かれ道を何度か曲がる。
たどり着いたのはサビの浮いた扉だった。
ケイトがきしむ扉を開く。
その先には、地下下水道から扉一枚隔てた場所とは思えない、広大な空間が広がっていた。
【第3話に続く】