【読書感想文】 時間は存在しない
「時間」という概念に科学の観点から切り込んでいます。冒頭に「地球上で高度が異なれば時間の進み方が異なる」という話が出てきます。これ一つで、万人に共通な、一様に定速で流れる「絶対時間」のようなものは存在しないことが分かります。
高度が異なれば時間の進み方が異なる理由は重力です。地球上ではなんと言っても地球という惑星からの重力が優位ですが、それは地球の中心に近づけば近づくほど強くなります。
さてこのように「絶対時間」が存在しないのならば、時間を拠り所にした各種の物理方程式は一体どうなってしまうのでしょうか。。例えば古典力学におけるニュートンの運動方程式は以下の通りです。
マクスウェルの方程式なら以下の通り。
いずれも方程式の中に時間変数(t)が組み込まれていますが、一方で絶対時間というものは無いわけですから、いずれにせよ観測系によって異なり、これらの基礎方程式で規定される事象では「時間」を捉えられないということになります。
本書の中では、時間の流れを表すものは熱力学の第2法則(エントロピーは増大する、つまりエネルギーの質は低下していく)であると説明しています。例えば熱い水と冷たい水を混ぜると、平均温度の水が生成されますが、逆に温度が一様の水は、いくら時間が経っても熱い水と冷たい水に分かれることはありません。
時間と事象(事物の変化)に対する考え方は、古くからあります。アリストテレスは、時間とは事物の変化を計測した数であると結論づけました。つまり、裏を返せば事物が変化しないのならば時間は経過しないということです。
一方ニュートンは、事物の変化と関係なく、どんな場合にも経過する「真実」の時間が存在すると主張しました。ニュートンの主張は、先程のアリストテレスの主張よりも、現代の多くの人の感覚に近いと思われます。
この2つの相反するように見える考えを統合したのがアインシュタインです。アインシュタインは、時間と空間は「場」として存在し、その時空とは重力場であると主張しました。この「場」とは一様でもなく、固定されておらず、伸縮します。曲がったり伸びたりすることで重力が生じものが落下することとなります。これは我々一般人には捉えにくい概念ですが、数々の実験結果がアインシュタインの主張を裏付けており、科学的な真実なのです。
ここで、量子力学が登場し、さらに我々一般人の既存の時間の捉え方と科学的真実が異なることを示します。
まず時間は連続的なものではなく飛び飛びの値をとり、最小単位(プランク時間:10^(-44)秒)が存在します。それ以上に細かく時間を分割することはできませんまた、不確定性により、ある電子がある時間にどこに存在するかを正確に予測することはできません。引いては時空も不確定であり、過去/現在/未来の区別も、揺れ動いて不確定になるのです。
また、この世は「物」でできているのか「出来事」でできているのかを考えてみると、未来永劫不変である「物」が存在しない以上、この世界は出来事や過程の集まりを見ることが妥当だと考えられます。今まで見てきたように時間の真実が我々の概念とかけ離れたものだとしても、この考えによって世界をよく理解/記述することが可能になり、相対性理論と両立できる方法となります。
本書では、さらに、世界の事象を局所的見地から完全に捉えることができないことによる「視野のぼやけ」について論じています。ここが一番の要所かつ分かりにくいところではないでしょうか?
例えばコップに水が入っている場合、私自身とコップの水の間の物理的相互関係において、一つ一つの水分子の動きは全く無関係です。同様に、私自身とはるか遠方に存在する銀河との間の相互作用は、その銀河内の事象とはまるで関係がありません。このような観測の限界、「視野のぼやけ」が、系のエントロピーに影響します。つまり、エントロピーもまた何か他のものに対する相対的な性質なのです。BにとってのAのエントロピーとは、AとBとの間の物理的な相互作用では区別されないAの状態の数です。この辺り、本書における第九章、第十章の記述は相当に難解です。
第十一章以降、もう少し理解しやすい内容に移ります。すなわち、世界を動かしている(変化させている/時間が流れている)根源は、エネルギではなくエントロピーだという主張です。そして過去とは痕跡であり、痕跡というのは非可逆的な過程で、エネルギーが劣化(多くの場合熱へと)するときに限って起こります。
最後に、人間が時間を知覚するメカニズム。。「記憶」について語られます。現在の私達が知覚するのは現在だけですが、過去の痕跡により時間が経過したという意識ができ、それが時間の流れと人間が感じているものです。
本書に書かれている時間に対する解釈は、学問の世界で定まったものではありませんが、アインシュタインやボルツマンの研究から導き出される、時間に関する科学論は大いに学ぶべきではないでしょうか。
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