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【読書感想文】 フォン・ノイマンの哲学


「人間のフリをした悪魔」などというおどろおどろしい副題が付いています。

私はフォン・ノイマンが悪魔的な天才頭脳を持っていたとは思いますが、悪魔とは思いません。

天才数学者

多くの著名な数学者が早熟ぶりを表すエピソードを持っているように、フォン・ノイマンにも、子供の頃、電話帳あるページに載っている6桁の数字の総和をすぐ暗算できたとか、10歳のときに既に大学レベルの問題をスラスラ解いたとか、大学卒業時にすでに博士論文を書いていた、など超人的な才能を見せています。

最近は「天才」という言葉が大安売りですが、こういう人間にこそ「天才」という言葉を使うべきで、おいそれとそのあたりのちょっと才能ある人間を天才などど呼ぶのはどうかと思いますね。

早熟の天才は、往々にして理解のない大人や年長者に迫害されますが、フォン・ノイマンは幸運なことに、ギムナジウムのラーツ校長が才能を見出し、ブダペスト大学の数学の教授に引き合わせたり、若い数学者として世に出たときも、当時数学界の大御所だったゲッチンゲン大学のヒルベルトに認められ招聘されたり、他者との出会いや周辺環境は比較的恵まれていたようです。

私も知らなかった著名な物理学者間の面白いエピソードとして、当時のゲッチンゲン大学物理学科では、量子論について、「行列力学」というアプローチを発表したハイゼンベルクと、「波動力学」というアプローチをとるシュレディンガーが激しく対立していました。ちなみに当初はかのアインシュタインもハイゼンベルクの主張には懐疑的でした。

フォン・ノイマンは、この2つの理論は無限次元のヒルベルト空間におけるベクトルの幾何学で表現できるのではないかと考え、「量子力学の数学的基礎」という論文にまとめました。この中で、「ノイマン環」と呼ばれる方程式群によって、「行列力学」と「波動力学」の同等性が示されました。このあたり数学者でありながら物理学の最前線でも活躍していたフォン・ノイマンの天才ぶりが伺えます。

くどいですが、天才という言葉はこういう人間にこそ使って下さい。。

その後も数学・物理の様々な領域、経済・政治分野で応用された「ゲーム理論」などの最先端の研究論文を発表しています。意外なことに、フォン・ノイマンは、よく取り沙汰される量子論の解釈論争には深入りしませんでした。(シュレディンガーの猫が有名ですが。。) フォン・ノイマンは、観念論ではなく実践的な経験主義者であり、だからこそ原子爆弾やコンピュータの基礎を開発できたのだと思われます。

原子爆弾

ファシズムの影がヨーロッパを覆う1930年代末、原子爆弾の根幹技術である「核分裂」について、そのアイデアや研究が始まりました。当時、既に知られていた、アインシュタインの質量とエネルギーが等価であることを表す式

E=mc^2

によると、核分裂の連鎖反応によって猛烈なエネルギーが発生し、軍事目的であれば比類ない強力な爆弾を開発することができる、という予想が立てられたのです。

第二次世界大戦が始まり、米英連合国側は、ナチスドイツが先んじて原子力爆弾を開発することを怖れました。そしてかの有名なマンハッタン計画が立ち上がり、原子爆弾プロジェクトが始まったのです。

フォン・ノイマンはそのプロジェクトで中心的な役割を果たしました。これにより開発される軍事兵器がどのような結果がもたらされるかも予想しており、ただ戦争を早期に集結させるためにはこのような殺戮兵器の開発・使用も辞さない、という考えでした。

原子爆弾の行使に関しては当時の科学者の間でも意見の相違があったようです。アインシュタインやボーア、シラードなどは反対しました。トルーマン大統領も当初はこのような兵器の使用には消極的でしたが、日本国の玉砕も辞さない本土決戦の姿勢を見て、米軍の犠牲を減らすために原子爆弾の使用を決めたようです。

コンピューター開発

コンピュータの基礎を築いた科学者といえば、何といってもアラン・チューリングです。構文論と意味論を定義したことで、どのような複雑なアルゴリズムであっても有限数の命令に還元することが可能であることが証明されました。しかし、同じ機械(ハードウェア)を使いつつも、プログラム(ソフトウェア)を切り替えれば多くの目的に対応することができるという「プログラム内蔵方式」の概念を明確に定式化したのはフォン・ノイマンでした。これは今でこそPCやスマホで当たり前の概念になっていますが、それを発明したのがフォン・ノイマンだったのです。ちなみにこの概念は公刊物で発表されたため、特許化されておらず、今でも誰でもこの構造を完全に自由に利用できます。

フォン・ノイマン委員会と科学者の倫理

第二次世界大戦後、米ソ冷戦時代となりました。この時、フォン・ノイマンはソ連への核による先制攻撃を主張しています。それも早ければ早いほど良い。

実際には、アメリカの原子爆弾開発に深く携わった人間が、実は共産党のスパイで、多くの原子爆弾開発情報がソ連に流れ、ソ連は核開発を進めていることが分かり、核による先制攻撃は起こりませんでした。しかし、その後の水素爆弾の開発にもフォン・ノイマンは積極的に関わり、共産党独裁の国家群に対し米国および資本主義陣営は軍事的優位に立たねばならない。さもなければヨーロッパは共産主義に飲み込まれるという悲劇が起こる、と考えていました。

アイゼンハワーが合衆国大統領であった時代、軍事関係の委員会の中心に核兵器委員会が存在し、その委員長がフォン・ノイマンでした。

おそらく事象だけ見れば、フォン・ノイマンは多くの日本人にとっては受け入れがたい核兵器推進主義者に見えるでしょう。核兵器は無差別大量殺戮兵器であり、非核兵器と性質が異なります。一方で、国際ルールに完全に則った、「人道的な」戦争がいまだかつてあったのでしょうか。多くの米国人が、広島・長崎の核兵器投下は米軍の被害を少なくため必要な処置だったと考えています。当時日本国も本土決戦、1億総玉砕という狂気が蔓延しており、原爆投下されて目が覚めなければ一体あと何百万人の民間人の命が失われていたでしょうか。以上は仮説に過ぎませんが、フォン・ノイマンの主張、科学者としての倫理は、脊髄反射的に排除すべきものではないと考えます。

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