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サラリー

一本早い電車で行こう、と思いつつ眠気に負けた。いつもと同じ電車。

まどろみながら下り電車に揺られる。逆方向に走る車両は満員だが、下りはいい。くたびれたおじさんの横ということだけ我慢すれば、席はある。

会社までの長い道中。どこにも視線を合わせない乗客。話したことこそ無いけれど、毎朝同じ顔ぶれ。ここ最近だと実家の家族より長い時間をともに過ごしている。

空港行きの特急電車で、一時間とすこし。誰も、視線を合わせない。こんなに近いのに上手に距離を取って、意識的に人間らしい素振りをする。今日も当たり前に一日を始められる、いい大人ですよ、と。

道のりの半ばを過ぎた頃、東西に伸びる線路の北側に、大きな湖が現れる。開けた土地に広がる水面に、起きたばかりの日の光が反射する。向かい側に座る乗客の背中に広がるその風景は美しくきらきらと光る日もあるし、額に入った水彩画のようにリアルな色を失って、異世界な隔たりを感じさせる日もある。

顔を上げて外の風景を見ていると、向かいのおじさんもつられて窓の方を向く。何を見ているのかと不思議な顔をするが、言葉はない。何となく所在をなくした私は手元に視線を落とし、ひとりの世界へと戻る。

停車した電車のドアが開く。冷たい空気に入れ替わり、まどろみは断ち切られる。何人か下車し、まばらになる車内。再び顔を上げると水面はもう過ぎ去っている。目的地にはまだ着かない。


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