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【逗子日記】 20230719

 3時半に起きた。もちろん、なのかどうなのか、それは平日午前のことだ。休日午後の3時半に起床した場合、悲しい気持ちを引きずらせてもらえる間も無く、さっさと1日が終わっていくだろう。
 海へ行こう。僕はシャワーを浴びた。空はさっきまで寝ていたベッドのシーツみたいに薄青い。夏用のものだ。例年通り衣替えが遅くなってしまった。
 朝が白くなる前に、まだ暗い時間に、外へ出たい。乾燥機はもう止まっていた。
 スニーカーはやめにして、普段履くこともないサンダルにしてみた。鳥や蝉が鳴く声は玄関に差し込んできた。あまりにも静かな鳴き声に聞こえた。太陽がない街に響く透明な声だった。彼らは自分たちの声が朝とよく似合っていることを知っているのだろうか。
 どうやら朝からやっている海の家があるらしいことを僕は知っていた。その家の名はHappy Go Lucky、通称”ハピゴ”。僕が関わっている逗子アートフェスティバルのげんさんという先輩は言っていた。「夕方、ここに来ればだいたい知り合いの家族がいて、だから逗子の家族の居場所で、あと実は逗子映画祭で使っているキッチンはココのやつなんだ。」これは先日ハピゴで聞いた話。
 ちょっと見に行こう。道中、それにしても喉が渇き、眠かった。ただ、ただただ暑い。今は眠気を誘ってくる春なんかじゃないのだ。
 コンビニでアイスコーヒーを買った。フュージョン系のギターが軽薄に鳴る店内に笑った。平日の朝でもこれなのか。やはりコンビニは良いなと思った。
 メイン通りには誰もいなかった。プラスチックカップで揺れる氷の音が蒸し暑い風に吹き抜けていった。涼しい。まるで風鈴みたいじゃないか。
 海岸にはそこそこの人がいた。人の数以上にたくさんの犬がいた。
 僕はオープン前のハピゴを横切ってから、砂浜で吉田秀和の本をパラパラと読んだ。彼のエッセイで気になったブラームスの作品を聞いていたらもうこれ以上ここで何かすることもないなと思った。《鎮められた憧れ》だ。
 さっきの本は昨日、逗子の古書店”ととら堂”で買った。僕はその時、いくつかの本を売り、その分の金があった。本で得た金は本に使いたい。その時の僕の気持ちはそういったものだった。
 もしあの吉田秀和に『永遠の故郷』がどこにあるのかと聞かれれば、「神奈川県逗子市です。」と、間違いなく僕はそう答えるだろう。逗子の”逗”は逗留の”逗”。僕は逗子に四半世紀も住んでいるのだ。永遠に逗留したい街だと言うにはちょうど良いくすぐったさがある。
 もうここで何かしたい気持ちなんてなく、僕の目的は達成したと思える。次はハピゴで朝食を食べるために海へ行こう。
 太陽が眩しすぎる帰り道だった。鳥や蝉の鳴き声があまりにもうるさく聞こえた。


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