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【小説】日本の仔:第59話

【茉莉】
 まさかこんなところで温泉に入れるとは思わなかった。
 出発してからまともに身体を洗ってなかったから、スゴくありがたいわー。
 外骨格を脱ぐと寒さが襲ってくる。急いでインナーを脱いで、温泉まで走り、湯加減を見ると、ちょっと熱いけど入れなくはなさそうだ。
 岩場がいい感じの湯船みたいになってる。

「果歩姉、大丈夫そうだよ。先に入ってるね!」

 ザブン!

 おーっつつつ、熱ーい!
「あんたはホントに考えなしだね」
 果歩姉が大量の雪をザブザブ入れてきた。
 そうかー、雪を入れれば冷ませるんだねー。
 いい感じの温度になったわ。

 果歩姉が湯船?に入って来た。
「んー、いい気持ち。極楽だわね」
 果歩姉って大人の女って感じで、きっとモテるんだろうなー。
 でも彼氏はいないって言ってたな。
「果歩姉は何で彼氏がいないの?」
「いきなり何なの?」
「えー、だってモテそうなのに何でかなーって」
「子どもの頃から色々あってさ。私、人の心の中が見えちゃうじゃない?私に言い寄って来る人って、何か残念な人ばっかりだったから」

 そっか、果歩姉、心が読めるんだった。
「あんた忘れてたの?」
「あ、私、読まれてもいいような単純なことしか考えてないから...」
「そうね、裏が無さすぎて逆にビビるわ」
「言い寄って来る人はダメでも、果歩姉から見ていいなーと思う人はいなかったの?」
「うーん、最近心が読めない人が出て来てさ」
「お!読めないから気になるって話?いいねいいね」
「ま、よく分からないけど、気にはなるよね」
「分かった!武...」
「違う!何で小学生を好きにならなきゃならんのだ」
「じゃあ、まさか瑞...」
「待て!なぜあんな優柔不断、精神フワフワ男を」
「まさか、静...」
「あんたの目は節穴か?あれは曲がりなりにもうちらの父親よ、おまけに見た目女子中学生だし」
「てことは、清水坂」
「んんー」
「孝って、あの初老の?!」
「死ね!」
 死ねと言われた!ちょっとショック。

 えー、あと身近にいる男性って?
「あーっ、鍊か!」
 果歩姉の頬が心なしか紅くなった気がする。
 確かに鍊は同年代だし、見た目も悪くはないしね。
 そうなんだー。確かにお似合いかもなー。

「そういうあなたはどうなのよ?部長センパイってよく言ってるけど、恋愛対象じゃないでしょ?」
 部長センパイ。うーん、確かに自転車部に入部したときから気にはなっていたけど、恋愛対象ではなかったのかも...
 え?じゃあ誰なの?

「ごめん、ハッキリ言うけど、あんたの恋愛対象は自転車だけみたいよ」
 そんな!
 確かに男の人はちょっと苦手というか、一緒にいると落ち着かない気がしてたけど...
 確かにGIOSチャリに乗ってる時が一番楽しいし、GIOSチャリのことを考えると堪らなくなるけども。
 これって、恋愛なの?

【瑞希】
 やっと女性陣が温泉から戻って来た。
「随分長いこと入ってたね」
「果歩姉の恋バナで盛り上がってさ」
 え?恋バナ?もしかして果歩、僕のことを?
「シャラップ!能天気コンビめ!」
 果歩に怒鳴られた。英語は苦手なくせに...
 果歩、好きな人いるんだ。誰だろう?

 温泉、そんなに入りたい訳じゃないけど、折角だから入っておこうかな。
 雪の中の温泉ていうのも風情を感じない訳でもないし。
 そそくさと着ているものを脱いで、ちょっと熱めの温泉に漬かった。
 んー、結構気持ちいいな。
 大体、今まで温泉なんかに行く機会はなかったからなー。
 とそこへ、武蔵が入ってきた。
 小学生の歳なのに、筋肉隆々の鍛え抜かれた身体だ。

「熱くない?」
「ちょっと熱いけど、外は寒いからちょうどいいかも」
 武蔵が恐る恐る湯に入ってきた。
「あちちち」
「熱すぎたら雪を入れて冷ましてもいいよ」
 すると武蔵は目の前の雪をごっそり温泉に入れた。
「ふー、熱すぎるってー」
「ごめんごめん、武蔵がそんなに熱いのが苦手とは思わなかったよ」
「俺だって超人て訳じゃないんだから」
「十分超人だと思うけど...」

 そう言えば、人と一緒に風呂に入るなんて何時振りだろう?
「武蔵はお母さんといつまで一緒に風呂に入ってた?」
「何だよ、急に」
「いや、僕はいつまで入ってたかなと思い起こしたら、今の武蔵と同じくらいまで入ってたなーって」
「マジ?俺は...」
 何か言いにくそうだけど。

「瑞希兄、将来何かになりたいとかある?」
 いきなり話題を変えてきた。
「え?そうだなぁ。特にないなぁ。子どもの頃から何にもないんだよなー」
「俺はね。ラリーのレーサーになりたいんだ、誰にも言ったことないけど」
「ラリーって、クルマの?」
「そう。ちょうどこの上のパイクスピークがヒルクライムのレース会場なんだ」
「へー、いいじゃない。応援するよ」
「でも、日本の子は夢を追ったりしちゃいけないんでしょ?」
「え?誰がそんな事言ったの?」
「自衛隊の大人たち」
「それは多分嫉妬じゃないかなぁ。日本の子だって、敷かれたレールだけ走ってりゃいいってもんでもないでしょ。現に僕はとっくに外れちゃってるしね」
「そっか。瑞希兄、おミソだもんね」
「言い方!」
 他愛のない会話だけど、また武蔵と仲よくなれた気がする。温泉も悪くないな。

 こうして、明日の決戦に備えて早めに眠ることになった。

『王』
「ソマチットか」
『明日は何としても王をお守り致します』
「明日、何かあるんだっけ?」
『例の双子の兄弟と決着を着けるのです』
「ああ、そうだったね。夢の中で現実の話されるのって、全然現実味がないんだよね」
『しかし、あの双子、恐らく心を操られております』
「ん、どういうこと?」
『あれらの行いは本心ではないということです』
「なんで分かるの?」
『躊躇や曖昧さというものが全くありません』
「そんなものかな?」
『王はいい意味で優柔不断なお方かと』
「言い方!」
『失礼致しました。兎に角、手強い相手になると思われます』
「で、何かいい考えとかあるの?」
『昨日のようなアンドロイドが恐らく何体も存在しているものと思われます』
「え?あんなのが沢山いたらきびしいんじゃない?」
『左様。ですから、本丸である彼らの本体を狙います』
「ほう。どうやって本体を見つけるの?」
『それは王の兄弟の皆様の力をうまく使っていただければ...』
「ん?また実質ノープランなのね?」
『...』

 確かにソマチットの言う通り、あのアンドロイドとまともに戦うのは得策ではなさそうだけど、見付からずに双子本体に近づけるのかな?

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