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【小説】日本の仔:第32話

 昼食と同じ味気ない夕食を食べた後は自由時間となり、僕らは思い思いの行動をした。
 武蔵くんは、別のトレーニングをすると言って、どこかに向かった。
 ここには前にも来たことがあるかのような振る舞いだ。

 坂本さんは自転車トレーニング用のスピニングマシンを借りられないか鍊に頼んでいた。

 品川さんは部屋のベッドで横になって休んでいる。

 僕もやることがないので、ベッドに寝転んでAICGlassesで徳永秀康について調べていた。
 幼児の頃から原子核物理学に精通し、2020年に常温核融合炉を発明して、すぐにAIコンシェルジュを立ち上げ、その後、宇宙エレベータの打ち上げ、建設に携わり、更に海洋プラスチック問題解決のために生物に近いマイクロマシンを開発したという、天才中の天才だ。

「日本の子」政策にも関わっていたとは、確かに優秀な遺伝子という意味ではこの人の右に出るものはなかなかいないだろうからな。
 でも、僕がそんな徳永秀康の子どもというのは、あまりピンと来なかった。
 ハッキリ言って僕は平凡な頭脳と平凡な身体しか持ち得てないと思う。
 そんな僕が人類を救うミッションを担うって、場違いにもほどがある。
 今日のようなトレーニングを続けたところで、使い物になるのかな。
 ま、あの戦闘訓練はちょっと面白い体験だったけど、時子さんがいなければとっくに逃げ出しているところだ。

 その後、夜のミーティングということで、会議室に集められ、鍊から話をされた。
「今日はお疲れさまでした。急な話にも関わらず、皆さんが参加してくださり、実は心底ホッとしております。最終的なお返事がOKになるのは分かっていましたが、こんなにあっさり参加いただけるとは、評価を改めねばなりません」
 何か馬鹿にされてるのか、褒められてるのか分からない話だな。

「大事な話を忘れていました。報酬の件です。今回の任務には日本政府から報酬が支給されます。訓練に参加いただくことで1日当たり3万円、実戦では1日当たり10万円、また任務成功時には全員に1億円が支給されます」
「嘘っ!」
 隣で品川さんが叫んだ。

 確かにこれはスゴい額だ。
 鍊が就職に関係があると言ったのもあながち冗談ではないようだ。
 訓練時は年間で720万円、実戦では2,400万円て、普通のサラリーマンにはちょっと稼げない額だ。

「ちなみに土日はお休みで、皆さん一人一人に自動運転車をお貸ししますので、自由に使っていただきます」
 おおー、至れり尽くせりだ。

「ただし、途中で離脱することはできません。最初に申し上げた通り、皆さんは「日本の子」であることをお忘れなきようお願い致します」
 離脱できないというのはちょっと怖いけど、時子さんと一緒なら何とかなりそうな気がする。

 隣で品川さんがニヤニヤしている。
 さっきまで機嫌が悪そうだったのに...

 こうして1日目は終わり、4人は同じ部屋で眠った。

 次の日、朝起きようとした時、あまりの身体の痛さに硬直した。
 なんだこれ?
 身体中が凄まじい筋肉痛に襲われていた。
 それは品川さんも同じらしく、悲鳴を上げながら這っている。
 あの蛸壺、こんなに恐ろしい目に遭わされるとは...
 武蔵くんと坂本さんは何食わぬ顔で朝食に向かった。

 うおー、痛すぎてロボットのようにしか歩けない。
「あんたも相当痛そうね」
 品川さんが話しかけてきた。
「あの蛸壺のせいだよね、これ」
「こんなに痛いの私ムリ。でもあんたはあの時子ちゃんにいいとこ見せたいからがんばるんでしょ?」
 え?
 何でこの人僕が時子さん好きなの知ってるんだ?
「品川さんて人の心が読めるの?」
「そ、そんなわけないでしょ。バカじゃないの?」
 えー、そこまで言わなくても...

 そうして、5分以上掛けて食堂にたどり着き、味気ない栄養補給食を口にした。
 心なしか昨日よりも分量が多い気がする。

【武蔵】
 小姉ちゃん、何食わぬ顔で朝飯食べてるな。
 初めて蛸壺に入って何ともない人、初めて見た。
 おまけに実戦でのあのスピード。
 学生時代に相当鍛えてきたっていう人も、蛸壺に入った次の日はどこかしら痛がってるものなんだが。
 アマチュアのスポーツをやってきた人は、所詮部分的なトレーニングしかしてきていないし、筋肉量のバランスが悪い。
 蛸壺は常に筋肉の状態をモニタしながら、バランスを取ってトレーニングを行う。
 戦闘の邪魔にならず、最大限の筋力を発揮できる身体を作ってくれるんだ。

「小姉ちゃ、坂本さんはカラダ何ともないの?」
「ん?そうね、ちょっと筋肉痛があるけど大したことないわね」
「今までどんなトレーニングをしてきたの?」
「高校の自転車部で自転車漕いでただけよ」
 うーん、下半身中心で、上半身は鍛えられてなさそうなのに...
 この人、スゴい人なのかもしれない。

「皆さんおはようございます。本日のスケジュールをお知らせします。午前中は昨日やっていただいたフィジカルトレーニングと実戦訓練、午後は皆さんの特殊能力について確認して行きます」
 随分詰め込んで来るな。
 兄ちゃんと大姉ちゃんは付いて来れないんじゃないか。

「ちょっと待って、私、身体が痛すぎて昨日のやつはムリよ」
 大姉ちゃんが泣きを入れてきた。
「いえ、大丈夫です。あの蛸壺はマッサージ機能もありますので、使うことでむしろ身体が楽になると思います」
 確かにマッサージ機能はあるんだが、大姉ちゃんに耐えられるかな...

【茉莉】
 昨日はどうなることかと思ったけど、案外ぐっすり眠れたわ。
 男の人って言ったって、小学生と人畜無害そうな人だけだしね。
 あの蛸壺、ホントに効果あるのかしら。
 自転車に乗ってみないと効果が分からないわ。
 何か給料が出るみたいだから、早速新車を買っちゃおうかな。
 Bianchiもいいし、TREKも気になるし、王者COLNAGO、贅沢にDEROSAなんかも、PINARELLOのONDAフォークも気になる、cerbeloも捨てがたい、ああー迷っちゃうー!
 でも結局やっぱりGIOSよね。GIOSしかないわ。
 でも、戦闘訓練も面白かったな。あんなに自分の身体が動くなんてびっくり。

【果歩】
 身体中が痛すぎてまともに動けないわ。
 この状態で昨日と同じストレッチなんかやったら、痛くて死んじゃうかも...
 でも、1日3万円は美味しいわ。
 訓練だけで奨学金が返せるかもしれない。
 こうなったらやるしかないわね。

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