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【小説】日本の仔:第61話

 ブリーフィングを終えると、早速徳徳ドローンで基地に向け出発した。
 途中、果歩からプライベート通信が入る。
「瑞希、その、何だ、まあ落ち込むなよ」
 こういう時、隠し事ができないって辛い。
「傷口に塩を塗り込むのはやめて...」
「お前、自分では気付いてないと思うけど、どうも新たな恋が始まってるみたいだぞ」
 え?どういうこと?
 もしかして、知らない内に果歩を好きになってたとか?
「何でそう短絡的なんだ!ま、色々とよく思い出してみるんだな」
 えー?誰のことを言ってるんだろう。

 こうして、何事もなくシャイアン・マウンテン空軍基地の手前約10kmの地点に到着し、斥候ドローンを偵察に行かせる。
 今日は雪が止んでいるので、可視光のカメラでもかなり遠くまで索敵することができた。
 基地の周囲には、予想通りSAMの防御網が1km毎に配備され、同じ場所に超音波探知機も併設されていた。
 超音波探知機に掛からないように斥候ドローンを高度1,000mまで上げて基地の真上に投入。
 超音波を警戒しながら、少しずつ高度を下げて行く。
 例のトンネルの入口が見えると、その周りにはSAMと超音波探知機、警備兵と思われる人影が数名確認できた。
 あまり高度を下げると超音波探知機に見付かってしまうので、ある程度確認できたところでドローンを上昇させ、帰還経路に乗せる。

 敵の部隊配置から、時子さんが最適な侵入経路を導き出した。
「このSAM部隊の配置ですが、恐らく敵のχ《カイ》超級AIが考案したものです。私が敵の立場だったら配置する形によく似ています。意図的に侵入しやすい経路が作られていますが、これは罠でしょう」

 そう言えば、時子さんは昔アメリカのAIとコンピュータウイルス戦を戦ったらしい。その時は圧勝だったけど、今は向こうに徳永②がいるから、互角以上のAIがいても不思議じゃない。
「かと言って、次に手薄な経路を辿っても恐らく罠が仕掛けられていると思われます」
「えー、じゃどうすればいいの?」
 茉莉が素直に質問した。

「見えているSAM陣地を潰しながら進みます」
 大胆不敵!

 でも、確かに見えない敵よりも見える敵をやっつけていった方が確実かもしれない。
 でも敵に見付かったら元も子もないんじゃ。

「敵を倒すと同時に、このダミーAIを陣地にセットします」
 と言って、時子さんはヤジロベエのような形をした機器を取り出した。
「これは静さんが作った、疑似的に周りの環境を再現した映像と音声を監視カメラに割り込ませたり、見張りの報告通信を捏造する装置です。映像と音声は私がリアルタイムで作り出します」
 時子さんから捏造なんて言葉が出てくると、何か悪いことをさせてる気がして恐縮だなぁ。

「一番近いSAM陣地に向かいましょう」
 時子さんの操縦で、5km先のSAM陣地に向かい、3km手前の少し丘になった所に徳徳ドローンを着陸させ、斥候ドローンをSAM陣地に向かわせる。

「さて、ここで武蔵さんの能力を活用させていただきます」
 そう言って時子さんは、武蔵の乗っていたドローンからM107を取り出した。
「先行した徳徳ドローンから、例の装置を投下しますので、タイミングを合わせて配備されている部隊を排除してください」

 距離は3km、敵の数は確認できているだけで6名いる。
「殺すのか?」
 武蔵が時子さんに尋ねる。
「殺したくはありませんが、気付かれずに近づけるオプションが見付かりません」

「まあ、遅かれ早かれ兵士として戦場に出たのだから、敵を殺すことは至極自然か」
 まだ小学生の心が残っている武蔵に人殺しをさせていいのか?
「あ、あのさ、僕は既に人を殺しちゃった事があるからさ、M107のトリガーは僕が引くってのはどう?」
 あ、シーンとした。

「瑞希兄、いいんだ、この作戦が始まった時から覚悟はできてる」
「でも...」
「でも禁止!」

「因みに、これから攻撃する部隊には人間は配置されていないようです」
 時子さんがさらりと言う。
「先に言ってよ」
「ただし、これから先、いつ人間の敵が出てきても不思議はありません。皆さんも覚悟はしておいてください」
 時子さんは皆に覚悟をさせるために、わざと言わなかったのか。
 確かに突然人間の敵と遭遇したら、躊躇してしまいそうだ。
 でも、やっぱり殺さずに倒せるようにしたいけど。

「武蔵さんはタイミングを合わせて部隊のアンドロイド一体の頭部に傷を付けてください。そこから侵入して付近の警備体制を無力化します。決して完全破壊はしないでくださいね」
 なかなか難しい注文だな。
 3km先にいるアンドロイドの頭を掠めるように弾丸を撃ち込めと。

「分かった」
 武蔵は事も無げに承諾する。
 すぐにM107を組み立て、雪の積もる地面にバイポッドを拡げて置き、その後ろに敷物を敷いて、うつ伏せに寝そべる。
 スコープの調整は基本的には自動的に行われるけど、武蔵は念入りに確認を行っている。
 3km先のターゲットを誤差5mm程の精度で撃ち抜くには、スコープはミクロンオーダーの調整が必要になる。
 銃口からレーザー光を発して遠くのダミーターゲットに当て、それをスコープで見ながら調整する。
 その後、例の目薬を時子さんに点してもらい、深呼吸を何度かして、まずターゲットをスコープに収める。
 収めると言っても、普通の人には何も見えないくらい遠い。
 武蔵の見ている視覚情報は、果歩が中継してくれて、皆で見ていた。
 大気の揺れでモヤモヤしてるけど、ターゲットのアンドロイドがしっかりと見えていた。
 時子さんがドローンからの気象情報を視覚化してスコープに示している。
 それを見ながら武蔵は自分の眼で見た情報と違いがないかを確認し弾道を組み立てる。
 武蔵が親指を立てて射撃準備が整ったことを知らせた。

「着弾まで4.2秒」
「コピー。ではターゲットの行動予測、欺瞞装置を投下後、カウントダウンします...5,4,3,2,1、今!」

 ドン!

 M107から発射された弾丸は、バレルに刻まれた右回りのライフリングによって、側面を傷つけられながら高速回転が始まる。
 銃弾は進行方向を軸として回転することで、真っ直ぐ飛ぶことができる(ジャイロ効果)。
 音速の2倍以上の速度で飛翔する弾丸は、自ら発する音を置き去りにして、大気を切り裂き、前面の空気を圧縮させることによって弾頭の温度を急上昇させながらターゲットに向かう。

 シッド!

 狙い通りにアンドロイドのこめかみを掠めた弾丸は、背後の林に吸い込まれた。
 と同時に落ちてきたヤジロベエが一瞬逆噴射をして空中に静止し、触手を伸ばしてこめかみの傷からアンドロイドに侵入する。
 瞬時にターゲットのアンドロイドの自律制御システムを掌握し、周囲のアンドロイドにもEPRネットワークを介して侵入。
 全てのアンドロイドとレーダー、超音波探知機の機能を停止させ、センサからの信号をエミュレートして、何事もなかったように振る舞わせる。
 この間、わずか0.25秒。
 これでこの部隊は無力化した。

 さすがに一昨日のイーサンやエマのような超級アンドロイドは前線には配備されていないらしい。
 あの二人が出てきたらこんなに簡単には行かないだろう。

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