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【小説】日本の仔:第58話

 次の日、早速シャイアン・マウンテン空軍基地に向かって出発しようとすると、アリアが付いて行きたいと言い出した。
 基地に侵入するのなら、きっと役に立てるはずと、父親からもお願いされた。
 かなり危険な旅になると告げたけど、僕をソマチットの王だと言って、連れていって欲しいと懇願してくる。

 徳徳ドローンはもう一機あったから、連れて行けなくはないんだけど、彼女を守りながら戦うのは正直難しいと思う。
「基地に侵入するまででいいんです。あの基地はお伝えした通り入口は一つだけで、長いトンネルになっています。私ならトンネルのセキュリティを破れます」
「何か特殊なセキュリティなんだっけ?」
「高精度の生体スキャナと超音波探知機、床の感圧センサで、光学迷彩でも感知され、トクナガ氏が研究していたマイクロソフトブラックホールを撃ち込まれます」
「何その物騒な名前の兵器...」
「超小型のブラックホールが瞬間的に身体の一部を吸い込んで消滅するというもので、致命的な部所であれば即絶命となります」
「怖!」
 全員一斉に声を上げる。

 でも、やっぱり危険だしということで、AICGlassesを渡して、リモートで支援してもらうことになった。
 こうして、アリアさんは残ってもらって、シャイアン・マウンテン空軍基地に向かって出発した。

【果歩】
 途中、いくつかの国立公園や国有林を抜けて飛行を続けた。
 本来なら、グランドキャニオンの雄大な渓谷を空から観られる贅沢なツアーになるはずだったけど、辺り一面真っ白な雪景色で、いまいちありがたみが感じられなかった。
 アメリカには今回初めて来たけど、昔から海外旅行のVRをよく観ていて、いつか来たいと夢見ていた。
 VRでも超高解像度の360度映像の中を自由に動き回れるので、本当に行ったのと大差ない体験ができると言われてるけど、やっぱり実際に行って、雰囲気やその土地の食べ物、言語、文化を味わってみたいと常日頃から思っていた。
 残念ながら今回は仕事で来たことにして、次回地球氷河期化を止めてからじっくり来よう。
 何せ、成功報酬の1億円があれば地球一周も夢じゃないしね。

 そう言えば、武蔵が日本を出発する時かなりナーバスになってたけど、今はスッキリしてやる気十分な感じになっていた。
 ナーバスだったのは、母親である楢原一尉と離ればなれになるのが原因だということは、武士の情けで皆には黙っててあげよう。
 いつもクールだけど、所々お子さまなところがかわいいのよねー。

 そんな事を考えていると、ドローンはグランドキャニオン国立公園上空に入った。
 目の前には、視界に入り切らない、想像より遥かに壮大な景色が広がった。

 うわー!
 雪景色ではあるけど、何この広さ!
 ものすごい高さの峡谷がずっと続いてる!
 やっぱりVRで体験するのとは大違いだわ!
 こんな風に感動できるのは、脳が発達した人間にしかできないと言われている。このまま、人類が絶滅したら地球の美しさに感動できる生き物がいなくなっちゃう。
 それは、時子もきっと寂しいんじゃないかなー。
 おっと、今日はやけに他人の事を考えてしまうわね。
 これって死亡フラグじゃない?
 気を付けないと...

【武蔵】
 ラスベガスからコロラドまでは1,200kmほどあり、徳徳ドローンで朝出発しても着くのは夜になってしまうため、基地から25kmほどのところにあるパイクスピークという山にキャンプすることになっていた。

 パイクスピークは世界一高低差のあるコースでのヒルクライムレースが行われている場所だ。
 4つの車輪全てに200kwを超える強力なリラクタンスモーターを搭載したラリー車をベースに、モンスター級のレースカーが作られ、参戦している。
 実は母ちゃんにも内緒だが、俺の夢はラリーレーサーになることだ。
 たまたま見たテレビでそのレースを知ってから、虜になってしまった。

 訓練で銃を撃っても、ナイフで切り裂いても、爆発が起きても全く興奮しなくなっていた心が、ラリーを見ると心臓が高鳴り、頭の中にアドレナリンが湧き出てくるのを感じるのだ。
 陸自の戦闘車両は手足が届かないのでまだ乗らせてもらえていなかったが、シミュレータでは誰よりも速く走らせることができるようになった。
 今は自動運転車がほとんどになっていたから、普通の人はクルマを運転する機会がなく、レーサーは一握りのエリートしかいない。
 このまま兵士として一生を終えるのも仕方ないと思ってはいたが、心が燃え滾る瞬間を味わいたいという欲もまた、自分の本心なのだと思う。
 日本に戻ることができたら、母ちゃんには話しておかなきゃな。
 AICGlassesに表示されている地図を見ると、遂にそのパイクスピークの麓に差し掛かっていた。
 標高4,301mだが、さすがに山の上には行かないだろ。

「ちょっと!何か湯気みたいなものが見えるよ!」
 茉莉姉が何か叫んでる。
「温泉じゃない?!お風呂入りたい!」
 女は風呂が好きだな。
 作戦が始まったら、風呂に入れるなんて思いもしない。
「了解です。どちらにしろこの辺で一泊するつもりでしたから」
 時子まで同調した。
 雪景色の中にぽっかり空いた温泉のプールに向かって降下していく。

 ん?温泉のほとりで何か動いたぞ。
「時子、温泉のほとりに何かいる」
「ああ、あれはホッキョクウサギですね」
「俺が辛うじて見える程なのになぜ分かる?」
「実はこの一帯は私の意識が表出しているので、文字通り手に取るように感じられるのです。大丈夫、危険はありません。今日はここに泊まりましょう」
 雪の中に着陸すると、ウサギたちは姿を消した。
 早速徳徳ドローンからキャンプ道具を取り出し、テントを設営した。

「温泉、レディーファーストでいいよね?!果歩姉、一緒に入ろ!男ども、覗かないでね!」
 茉莉姉、はしゃぎ過ぎだろ...

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