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【小説】日本の仔:第23話

 ある日、僕は仕事終わりにその上司に誘われて飲みに行った。
 専門学校を卒業してすぐに就職した僕は少し前に20歳になったばかりで、お酒もあまり飲んだことがなかった。

 その上司は仕事の面では部下のことをよく気に掛け、しっかりとコミュニケーションを取れる人だった。
 とは言え、実際にはAIコンシェルジュが間に入ったコミュニケーションだから、本当の気持ちなんか分からず、模範的な対応が行われていたに過ぎないのかもしれない。
 だから、なぜ自分が今日飲みに誘われたのか、全く理由は分からなかった。

 飲み始めた最初は当たり障りのない会話が続いた。
 仕事は慣れたか、同僚との人間関係は大丈夫か、彼女はいるのかなど、定例の部下に対する状況確認なのかと思っていた。

 ビールの中ジョッキを3杯ほど空けたところで、
「ちょっと小耳に挟んだんだけど、藤堂くんて「日本の子」なの?」
 と上司が聞いてきた。
 なぜその事を知っている?

「日本の子」として生まれた子どももその母親も、基本的には素性を明かさずに暮らしている。
 日本政府が「日本の子」として生まれた子どもの差別やいじめを極端に心配したためだ。
 実際に「日本の子」であることを明かしたために、差別やいじめに遭って、自殺をしてしまった子や施設で暮らすことになった子が何人も発生していた。

「どうしてそのことを?」
「やっぱりそうなんだぁ。ホントはダメなんだけど、君のマイナンバーから国民データベースにアクセスしてみたら、レベルEの情報がマスキングされてたんで、ちょっとハッキングしてみたのよね」
「え?それって犯罪じゃ...」
「堅いこと言わないのー。ハッカーだった頃の血が騒いじゃってさ」

 え?この人ハッカーだったんだ。
 でも、今のコンピュータセキュリティを破れるハッカーがいるのか?
 量子コンピュータとEPR通信が実用化されてから、今までの手法ではハッキングは不可能になっていた。
 何せ、物理的にハッキングするための入り口となるネットワーク回線というものがなくなっていたから。
 昔のような電線や光ファイバーケーブル、電波による通信は近距離通信では使われていたものの、長距離通信やネットワークでは物理的な接続の要らないEPR通信がメインストリームとなっていた。
 枝のない回線にどうやってハッキングするのかな。

「実は私、「日本の子」政策に応募してたのよ。試験には合格して、何度か人工受精をしたんだけど、一度も生まれなかったの」
「そうだったんですか...」
「だから、「日本の子」って聞くとちょっとコンプレックスを感じちゃうのよね」
 ん?どういうことだ?
「えーと、それは僕に何かしてほしいということでしょうか?」
「私の奴隷になってもらおうかと思って」
 は?
 何言ってんだこの人?
「えと、言ってる意味がよく...」
 う、頭が揺れる、し、視界が真っ白に...

 気が付くと、暗くて狭いホテルの一室のような部屋に横たわされていた。頭が痛くて、意識が薄い感じで辛うじて目が見える。
 気を失ってた?
 何をされたんだ...
 確か上司と飲みに行って、「日本の子」の話になって、奴隷になれとか言ってたよな。
 薬か?
 う、両腕が背中で、結束バンドのようなもので結ばれている。

 ガチャ。
 部屋のドアが開いて例の女性上司が入ってきた。
「気が付いた?」
 この状況で普通に話しかけてくるということは、普通じゃないってことだ。

「私、「日本の子」には恨みがあるのよね。だからあなたは一生ここで私の奴隷として生きてもらえるかしら」
 今の世の中、人が一人消えることがどれ程難しいか分かってるのかな、この人。
 街中に設置してある監視カメラで、常に居場所は特定され、会話も筒抜け、政府はプライバシーは保たれてるなんて言ってるけど、今の日本人にプライバシーは存在しないというのが一般市民の理解だ。

 おまけにAIコンシェルジュを使っている人は、AICGlassesが位置情報をモニタリングしてるから、ここまでの足取りだって全て記録されてるはず...
 あれ?そう言えばこの人ハッカーだって言ってたな...
「正解。君の考えてること分かるよ。君の記録は既に消去してあるから」

 マジで?
 これは本格的にピンチなのかな?
「さてと、私の奴隷になるに当たって、要らないものを取らせていただきまーす」
 そう言うと、彼女は僕のズボンとパンツを脱がせに掛かった。
 僕は身を捩って抵抗しながら、
「な、何をする気ですか!?」
 と叫ぶとも、情けない声とも取れる声を絞り出す。
 あっという間にパンツを脱がされ、アソコが露になってしまった。
「あら、思ったより大きいわね」

 屈辱...
 初めて女性に見られるのがこんな状況でなんて。
「では、スパッと切らせていただきます」
 と、彼女は刃渡り30cmもあろうかという所謂サバイバルナイフをどこからともなく取り出した。
 いやいやいや、まさかそのナイフで僕のチンチンを切り取ってしまおうなんてことを考えてるんじゃないだろうな。
 と言うか、絶対考えてるな。

「ちょっと待ってください!」
 信じてもらえるかどうか分からないが、僕が人を殺せる力を持っていることを告げて、思い止まってもらうしか...
「あの、これ以上僕に危害を加えると、あなたが死んでしまうことになると思います」
「は?何言ってるの?」
 そうだよね。当然そう思うよね。
「僕、人を殺せる超能力みたいなものを持ってるんです」
「時間稼ぎはムダよ」
 そうですよね...でも多分ホントなんだけど。
「覚悟はいいわね?」
 彼女はそう言うと、僕のチンチンを握り締めた。
 うわぁ!死...

 ドサッ。
 彼女は僕に覆い被さるように倒れた。
 やっぱり偶然じゃなかった。

 ピンポーン!
 ビクッ。
「楢原さん、開けてください!開けない場合は強制的に開けますよ!」
 ガチャ!
 なんだ?
 口調からすると警察か?
 と言うか、もう少し早く来てくれよ...
 この状況、さすがに捕まるだろうな。

 来たのはホントに警察で、何か色々言われた後、詳しくは署の方でという、ドラマでよくあるセリフを聞いた。

 警察署で取り調べを受け、事実のみを話した。留置場に一晩泊まり、次の日も取り調べを受けたが、その日の夕方釈放された。
 現場の状態から、僕が動けないのは明白、僕が彼女を殺す動機もない、どちらかと言えば被害者だと言うことも一通り確認すれば分かったはずだ。
 とは言え、自分が犯人であることは自分がよく分かっていた。

 次の日、会社に出社してもいいものかと悩みつつ、顔を出さないわけにも行かないと思い、出社した。
 今の世の中、ほとんどの人が自宅でAIコンシェルジュを活用しながら働いているが、僕はまだAICGlassesを使いこなせておらず、一部はPCを操作して仕事をしなければならなかった。
 熟練すれば、一から十までAIコンシェルジュを使って仕事ができるのだが、細かいところまでAICGlassesで指示を行うには、それなりの熟練が必要だった。
 なので、PCと通信環境がある家の近くのサテライトオフィスから会社に接続を行って仕事をしていた。
 こんな働き方は少数ではあったが残っていて、利用者はほとんどがお金のないフリーターや日雇い的な仕事をしている人であり、あまり雰囲気はよくなかった。

 サテライトオフィスから気重に会社に接続すると、上司が交代となる知らせを受けた。

 それだけ?

 人が一人死んだのに、その事については何も触れない?
 会社ってそんなに冷たいのか...

 ちょっとショックを受けたものの、何もない自分にはおあつらえ向きな環境とも感じた。

 そして、もう一件知らせが届いていた。
 業務として環境省へ出向くようにとのこと。
 目的は書かれておらず、日時と場所が記載され、出張扱いになるとのことだった。

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