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短編小説『病みクマ🐻』



ロウソクの灯りが灯る薄暗い倉の中で数体の人形がひそひそと話している。
『だからさぁ、外国製は思想がないんだにゃぁあ…』
片手に焼酎の一升瓶を持ち、勢いよくラッパ呑みをする招き猫。それを心配そうに、潤んだ瞳で見る日本人形は前髪を気にしながら、灯るロウソクの傍らで不気味なツラをしてつぶやく。
『招き猫さん酔っ払いすぎですよ…』
テディベアがすかさず反撃する。
『ボクがよそもんだからって説教垂れるんじゃないよ。お前らだって昼間に遊んでくれてた子どもがデカくなって相手にされなくなったんだろ? ボクたちはもう焼却炉行きが決定している』
テディベアは蔵の棚にあった赤ワインのボトルをとりだし、豪快にぐびぐびと飲み干し恨めしそうに日本の人形達を一瞥した。
『まずにゃッ!!日本の人形の歴史は縄文!神聖な力を持つもの、穢れを払うものとされていたのに、いつの間にか開国と同時に、西洋の文化が流れ込んできて子どもが遊ぶだけの、飽きたら捨ててしまう、おもちゃになったんだにゃッ!!』
日本人形は説教を続ける招き猫を尻目に、くたびれた顔でラッキーストライクに火を付けた。
『フーッ…。あのー、招き猫さん。ここ居酒屋じゃないんで説教はお控えに……』
そんな日本人形の事など構いもせず、招き猫が言う。
『招き猫のオレはだにゃ! 日本の養蚕業(ようさんぎょう)の時に作られたんだにゃ。元々はカイコの外敵ネズミを駆除するネコを神格化させた縁起物!! 養蚕業が衰退してからは商売繁盛の縁起物として江戸っ子に愛されたんだにゃ!お前はどうにゃ? 』
『子どもの遊ぶおもちゃ…。いや…』テディベアは少し言い淀んでから追撃の言葉を放つ。
『ボクだってアメリカ合衆国のルーズベルト大統領がクマの狩猟の時に1匹の子グマを助けたっていう美談で誕生したんだ。ちゃんと歴史背景はある!』

『ルーズベルト。太平洋戦争の戦犯じゃにゃいか!』
『『『……』』』
ロウソクの灯る中、人形たちは人間の作った歴史。自分たちを作った人間の話を続ける。
『ルーズベルトはすごいんだぞ。ボクの生みの親をバカにするんじゃない』
『戦争を知らないb**chどもが、ルーズベルト大統領を賞賛するようなテディベアを抱きしめてるのは正気の沙汰じゃニャイね』
『あの……招き猫が今のシステムにbi**ch呼ばわりは、かなり違和感なんですが…』
日本人形は短くなったラッキーストライクを灰皿の上に押し付け、ブーメランとも言えるような横槍を入れる。
『オレだってにゃァッ!女子高生にウケてぇんだよぉおっ』
招き猫は焼酎の一升瓶を空け、さらにもう一本戸棚から取り出した。そしてウォンウォン泣きながら、ロウソクで炙ったサンマ(アテ)を頭からしゃぶりつき、テディベアを睨む。
『にゃ。日本人形よ。』
『なんですか?』
『オレは可愛いか?』
『可愛いとは思いますが…』
『テディベアとどっちが可愛い…?』
『それはもう、招き猫様が』
『どっちが女子高生にモテる?』
『…………』
日本人形はストレスが溜まったのかさらにラッキーストライクに火をつける。
『わ、私なんかホラーや怪談で髪の毛が伸びたとか散々な言われようですよ? それに比べたら招き猫は可愛い方じゃないですかッ!』
テディベアは勝ち誇ったような顔で2人を一瞥する。腹黒い笑みである。次第に、日本人形と招き猫の喧嘩に発展していくのがテディベアの目論見だった。自国民同士争っておけと言わんばかりの笑みである。
『だいたいにゃー!日本人形はホラーとか怪談でまだ出番あるからいいにゃ! 女子高生ホラー好きだし! 招き猫なんてB級映画にもならないにゃ!』
『あなたはまだお寺とか神社とかご利益グッズとして活躍ご存命じゃないっ!京都へ修学旅行にきた子らにお土産として買われるかもじゃない?』
『日本人形……!あ!ひな人形と市松人形は女の子の成長の無事を祈るための一大イベントじゃにゃいか!』
『最近やってないところ多いわよ! すっかり簡易化されて、ちらし寿司食べて終わり。わたしの存在感薄くなっちゃって商売あがったりよ!』
『『……』』
両者ゆずらない。互いに睨みをきかせ、バチバチと火花が散る。そこに。

『見苦しいわ』

初老のかすれた声が割って入った。

『にゃ?』
『え?』
その声はかすかに温かみを帯びていて、倉の中の空気を一変するには十分だった。
『お主ら一つ忘れてることはないかのう』
ガタンという音をたてて、戸棚の上から何かが落ちてきた。
ロウソクのあかりに照らされた顔にはヒゲ模様があり、年季の入った赤い塗料はテカテカと輝くというより、鈍い色で威圧感がある。
『ダルマ先輩!』
目をキラキラと輝かせ日本人形が飛び跳ねる。
『お主ら……自分らの魅力。忘れておるのう』
『『魅力?』』
日本人形と招き猫は互いに顔を見合わせ、目を点にさせる。
『ワシらは著作権フリーじゃ!』
グーサインを出したそうな表情であるが、ダルマには手がない……。実際には出してないのに、グーサインが見える程のバイブスだった。
『テディベアのように商標登録されてない。それが文化じゃ』
『『おー!』』
そして、ダルマと招き猫と日本人形は互いに見つめ合って、うなずき、テディベアに視線を向ける。
『さてそこの熊さんや。わしの可愛い後輩に喧嘩を売ったそうじゃな。なんか文句あるんか?』
『……なっ!』
テディベアは冷や汗をかき答える。
事の発展は、こんなカビ臭い倉の中より子ども部屋で遊んでもらってた時代に戻りたい。というテディベアの一言だった。
テディベアの持ち主は、倉の向かい側にある日本家屋である。そこで女の子が物心ついてからしばらく過ごしていたが、女の子がクマのぬいぐるみに飽きてしまいこの倉に来たという次第だった。
『付喪神(つくもがみ)と言ってなぁ。物には年数を経たらそこに精霊がやどるんじゃ……』
ダルマが続ける。
『じゃから文句の1つや2つあるじゃろう? 言うてみ?女の子に可愛いがってもらってるうちに魂が宿ったんじゃな。』
『それはかなり寂しい思いをなさったのですね。心中お察しします』
日本人形はヤニ臭くなった前髪を整え、さらにラッキーストライクに火をつける。
テディベアはさっきとはうってかわって涙をボロボロ流し、胴体のほつれた糸を右手でぶちぶち抜きながら自傷行為をした。
『いきなり自分に意識が芽生えたからもう何がなんやら……。ボク、ドイツの工場で生産されたテディベアなんだけど出荷時にはあんまり意識がなくて』
ゼロではなく、多少は意識があったと言う。今は自意識過剰なのがテディベアの悩みだった。子どもに捨てられないように頑張ったり、いつまでも可愛くあろうとしたり、承認欲求が芽生えたり、それは商標登録されてから、売り上げという目に見えないものに踊らされた結果だった。
著作権。自分はこうであらねばならない。真似されてはならない。真似してはいけない。様々な制限が彼の『やりたいこと』に抑圧をかける。
工場から出荷された他の何万体ものテディベアは意識のネットワークで共有されているという。
『なるほどにゃ~』
一通りテディベアの説明(文句)が終わり、招き猫がうなずくとダルマが口を開いた。
『女や子どもらに、可愛いと言われまくって捨てられたから自意識が肥大化して、社交不安障害になったんじゃな』
『にゃぁ……。ダルマ先輩!?人形の世界にも病気ってあるんにゃ?!』
『人の形と書いて人形じゃ。人に起こってる事象はそのまま人形にも反映される。古来より信仰の対象としてら崇められた人形は、人の身代わりであったり写し鏡なんじゃよ。』
『じゃあ、持ち主の女の子の依り代(よりしろ)だから、テディベアが身代わりとなって女の子が社交不安障害にならずに済んだってことにゃ?』
『それがそうはならんのじゃ』
『なんで?』
ダルマは少し言いよどみ、しばらくしてから重々しく言う。
『昔は信仰があったから依り代としての効力があったんじゃが、現代人は人形を信仰しなくなった……』
テディベアは、ダルマや日本人形や招き猫のような思想がない。
『信仰……。わたしなんか特にです! 信仰されなくなったから髪が伸びて呪物化したんですね』
日本人形に至っては胸に手を当てると、思い当たる節がありまくりだった。
ダルマが言う。
『思想によって作られたものが文化。利益によって作られたものが文明じゃ。どれどれ文明によって人が幸せになれたのかテディベアの持ち主の女の子をちょっくらワシの千里眼で覗いてみるか』ダルマはそう言うと目から神々しい光を放つ。光の先には壁があり、プロジェクターのごとく壁一面には映像が映し出された。そこにはテディベアの持ち主の女の子が高校生になり、恋をし、男の子と付き合うという展開が映し出されている。
3人が固唾を飲んで見守るなか、
1時間ほどたった。
次第にストーリーが進んでいくと、始めのうちは女の子は可愛がられ、大切にされていたのだが、彼氏に飽きられ、捨てられる映像が映し出された。客観的に見ても、誠意のある別れ方ではなく、飽きたから捨てたのは明らかだ。男は初めから彼女のことが大切ではなかった。
そして彼女は自意識過剰なため、たった1度の恋がこの世の全ての恋という捉え方をしてしまったため、病んで不登校になってしまう。映像の中では、リストカットやら自殺未遂やら刺激の強いシーンがありとても見ていられるようなものではなく、日本人形が何度も目を覆う。
『これって…』
テディベアが口を覆う。
『そうじゃ。お主が飽きられ、捨てられ、忘れ去られた体験をこの女が再現しとる……。文明はこうやって自意識を生み出したんじゃ。自意識が生まれると相手を想うよりもまず、人からどう見られるかばかり気にしてしまう』
最終的に、女の子は校舎の屋上から飛び降りて物語はピリオドを打った。結局3時間を超える超大作は、すべて胸糞悪い展開で、見ていて面白いものではなかった。
3人は空いた口が塞がらず、招き猫は誤魔化すように焼酎を胃袋に流し込む。
『胸糞悪い展開で酒なんか飲むと悪酔いするにゃ……』
『今日は国語の時間じゃ。この物語から得れる教訓を一つ述べなさい』
招き猫と日本人形が口を揃えて言う
『『思想が無い』』
ダルマはニンマリと笑い、懐からアメスピを出し、火をつけた。
『フゥー…正解じゃ…』
テディベアはきょとんとしながら尋ねる。
『え、どういうこと?』
『例えば今見たこの映画の女の子。3時間上映して、最後まで自分の考えがないからネットで恋愛が上手くいく方法を調べたり、友達に相談したり、その全てを他者に任せてた。直接会って言えばいいのに、勢いに任せてSNSにつぶやいたり、心の奥底から、魂からの叫びってのがない。いや……』
ーー忘れてる。抑え込んでるってのが正しいわな
ロウソクの炎が揺れ、ダルマの声が倉の中で反響する。
『全て他人のアドバイスで動いた結果。現実味のないストーリーを自分で作ったんじゃ。思想なきストーリーに教訓はない。そしてその教訓は、戦後、学校の授業では教わらなくなったんじゃ』
『あれですね。戦争に負けた国の歴史書が焼かれる焚書……』
『その空白の歴史がその子の心の空白に直結してるってことにゃ?』
『そうじゃ。そもそも学校の教科書がもはやメンヘラを生み出すための兵器なんじゃよ』
『そんな暴論な……』
そう呟きながらもテディベアは腑に落ちたのか青ざめた顔で胴体のほつれた糸をむしった。テディベアの糸はボロボロになり、はらわたから文字通りワタが飛び出していた。
『国で生きている、歴史の中で生きているという当事者意識がなくなると芽生えるメンヘラの芽が、自意識じゃ。それは男女間の『恋』にも侵食する』
それでは最後の授業を終える。そう言ってダルマは短くなったアメスピの火種を灰皿に押し付けた。4人はお互いの背中に目を配る。そこに貼られていたのは粗大ゴミのシールで日付にはこう書かれていた。
8/15
『明日わたしたち焼却炉行きですね……』
日本人形はおどろおどろしい顔で、人の運命を呪うかのようにロウソクの火をふっとかき消した。
『俺たちの魂ってどこ行くのかにゃ』
そして、真っ暗な倉の中で、酔っ払った招き猫のうめき声だけが夜明けまで鳴り響いていた。

Fin

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