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宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 秋・参4

 どれほどの時間、そうしていたのだろう。どちらからともなく身を離し、視線を交える。自分がどんな表情を浮かべているのか、深遠はそれを、維知香の表情で知る。

 おそらく過去に見せたことのないものが、自分の顔にあるのだろう。維知香の顔にもまた、これまで見たことのない感情が浮かんでいるように見える。驕りでなければ、それは充足感と呼べるものだろう。深遠の中にあるのは、それで間違いなかった。

 深遠はその場に跪き、維知香を見上げた。

「俺は、自分の任を捨てることはできない。だが、できる限り君のそばにいたい。君を、俺の帰る場所とすることを、許して貰えるだろうか? 全ての時間をともにはできないが、心は常にそばに、いつも寄り添っている。そのことに、決して偽りはない」

 真っ直ぐに、深遠の眼差しは維知香の瞳に向かう。

 深い、深い黒をたずさえた、維知香の瞳。それは瞬く間に溢れた涙に隠れ、瞬きに隠れ、それでも深遠に向かっている。

 口元は言葉を紡ごうとしているのか細かに動き、しかし音は生まれず、代わりに白い手が深遠に伸びる。深遠がその手を取ると、維知香は握力を強めた。

 ありがとう

 深遠の中に入り込んだのは、維知香の音ではない。宿るものの思い。それは完全に偽りなき感情であると、深遠は理解した。

 維知香の唇は震えを止めた。頬を濡らしたままだが、新たな一滴はない。維知香は深遠の前にしゃがみ込み、両膝を砂利につけ、深遠の頬を両手で包み込んだ。

「これが、私の答えです」

 深遠が、どういうことだ、と問う前に、その唇を維知香の唇が塞ぐ。触れ合う肌は、先ほどよりも熱い。

 維知香の手は深遠の肩に移る。唇の重なりは、互いの歯が触れ合うほどに圧を増し、深遠は維知香の身体を受け止めながら、天を仰ぐかたちとなった。途端、維知香の温もりは口元を去り、吐息を含んだ声が、深遠の鼓膜に触れた。

「気持ちを落ち着けようとしたけど無理だわ……人目を憚れる結界があるなら……深遠お願い、今すぐ……」

 願いを伝えきったのか、それともそれも成せないほどの高ぶりなのか、維知香は再び深遠に口づける。

 維知香の願いに言葉を返せぬまま、深遠は深部から湧き上がる抗えぬ衝動を、結界を成す力に変えた。


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