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宿災備忘録 四季 対岸の君と逡巡の季節 夏・参5

「維知香様ご自身も、心を弱くされていた。あの状態では、とても災厄と通じることはできません。ですから代わりに私が災厄と通じようと……そのためには、私の中に、いえ、私が、維知香様の中に、ともいえるかもしれませんが……とにかく、ひとつになった、ということです」

 わかりましたか、とでも言っているのか、灯馬は小さく首を傾げ、笑って見せる。

 なんとなく、としか言えない、理解の仕方。しかし維知香は、身に宿る災厄に教えてもらえると確信した。灯馬の言葉を聞いている間、災厄はずっと、灯馬に心を寄せている。灯馬が語る全てを、存在の全てを、覚えておこうとしている。おそらくのちに、語ってくれるだろう。

「私と災厄は、ずっと一緒……でも知らないことがまだあった……これからも、驚くような経験をするのかしら?」
「そうかもしれませんね」
「貴方は災厄と、ひとつになれる……もしかして貴方は、無に近い存在なのかしら?」
「人間よりは、そうかもしれません」
「ぎしゅくとは、そういう存在を指す言葉?」
「私が何者であるのかは、聞いたのですね?」
「詳しくは聞けなかったけど、そういう存在だとは」
「では続きは、あちらで」

 灯馬は視線を降下させた。その先にあるのは、神社。灯馬は維知香を抱えたまま、ゆっくりと大地を目指す。重力に従っているはずなのに、浮遊感を覚える。何とも不思議な感覚に、維知香は鼓動を高鳴らせた。

 長い石段の上、鳥居の手前に着地。灯馬は鳥居に向かって一礼した後、さあ、といった手つきで維知香をいざなう。維知香も静かに一礼した後、鳥居をくぐった。
 境内に人影はない。しかし虫の声が途切れなく聞こえ、寂しいといった風情ではない。

「やはり、ここは落ち着きます。この神社を守る結界は、深遠様のお父上によるものなのですよ」
「深遠のお父様……貴方は、会ったことが?」
「いいえ、一度も……深遠様は十五でひとり立ちして以降、ご家族には会われていないようです。ご家族と言っても、お父上だけですが」
「そうなのね……貴方は、いつから深遠と?」
「随分と昔です。では、私の過去と深遠様との出会い、そして偽宿の話を……少々長くなりますので、座りましょうか? 向こうに長椅子がありますから、参りましょう」

 参拝客用の休憩所に向かい、維知香を長椅子に座らせた後、灯馬は少し離れた場所に立った。耳の下で緩く束ねた白銀色の髪に触れ、言葉を紡ぎ始める。

「私は、生まれた時からこれに近い髪の色をしていたそうです。眼の色も普通の人間とは異なり、赤色であったとか。いずれも、この国の人間が持つ色とは、かけ離れていたようです……

私の母は祈祷を生業としていましたから、私がこのような姿で生まれたのは、母親に祓われた邪念による呪いだと、受け止められたようです。ずっと後になって、色素が失われる病であると知ったのですが、幼い頃にそう教えてくれる人はいませんでした。随分と昔ですからね、知る人がいなかったのでしょう……

私が生まれた頃、天災は神の怒りであるとされていました。故郷は豪雪地帯で、皆、随分と苦しい暮らしを強いられていました……私が五つの頃、強い寒波に見舞われましてね。ある晩、私は白装束を纏わされ、村の御神木に繋がれました。人身御供というやつです。自分が供物にされた理由は、すぐ理解できました。寒さに凍えるうちに、意識はなくなりました……

ですが明くる日、朝日の眩しさで目覚めたんです。雪雲は去り、私は、生きていました……」


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